昨日はブログをサボりました。ちょっと心身ともに疲れ切っていました。今日は自戒も含めて、また自分で読み返すために、書いておこうと思います。
まず今回の奥琵琶湖行きですが、先週の月曜日のレッスンの最後に、生徒さんが「来週はキャンセルしたいです」と言われたのです。一番長いお付き合いの生徒さんで、これまで一度も当日キャンセルもない真面目な人なので、1月に先送りになっても全然かまいません。
そしてふと思いつきました。その生徒さんの授業は月曜日の午前中、それがキャンセルだと日月と完全にフリーになります。もし奥琵琶湖が空いていたら、母を連れて行ってあげよう・・・。そして電話すると、人気のあるログハウスはいっぱいでしたが、本館洋室なら空いているとのことで、すぐ予約を入れました。
しかも日曜日なら長女たちもランチを一緒にできるはずとラインすると、これも予定を変えて会ってくれることになり、長女夫婦の近くのイタリアンレストランの予約を頼みました。
私たちは夜もかなりの量を食べる予定なので、一番軽いスパゲティコースにすると、4種の前菜がありました。
長女は妊婦スタイルとなり、ひ孫ができる母も大喜び。電話で話を聞いていても、覚えていたのかも疑わしいですが、実際目で見てようやく喜びをかみしめたようです。
食事だけで長女夫婦と別れ、私たちはメタセコイヤ並木を素通りして、残雪があった「マキノ高原」で温泉に入り、GFCへ5時ごろ着きました。そして夕食が6時からです。
このあたりまでは、二人で「美味しいねー」と言いながら、長女のことを話していました。でも新しい話題もそれほどないので、結局いつもの母の自慢っぽい話ばかりになり、だんだん返事をする気持ちも薄れてきました。
母は何十年間も茶道、華道をやってきて、特に茶道には思い入れもあり、85歳の停年まで役員をやってきたことも自慢の種です。でも茶道をしている人間は、まるで上級国民であるかの言い方をすることがあるのです。
母がボランティアで教えている茶道教室でも、すぐに「外国に行っても、茶道を知っていたら、ほめられるよ。」いやいや、今の時代、茶道を習っている人口も減り、外国でも「茶道」という日本文化が知られているというのも時代遅れかなと思います。実際、私がタイの大学で茶道のデモンストレーションをしても、興味を持ってくれたのは、タイ人先生方で、学生たちはそれほど・・・でした。
母には3歳上の伯母がいて、1年半ほど前に施設に入りました。それまで、近くに住む伯母の次女が食事を届け、世話をしてきました。でも彼女には障害を持つ息子もいるのです。それなのに母がいつも言うのは「姉もホームに入れられて」。それを聞くたびにカチンときます。従妹ももうすぐ60歳、これまで伯母の世話をしてきて、もう限界だったと思うのです。
私の知る限り、伯母も母も親の介護をしていません。同居もしていませんでした。彼女たちの両親(私の祖父母)は、伯母も母も30代後半で亡くなっているのです。そんな人たちが、いざ自分が90歳になって「施設に入れられた」というのは、身勝手だと感じてしまいます。
その上、母は従妹を悪くいうような言い方をしたので、さすがにかっとなり、論理的に母を非難してしまいました。母もかなり売り言葉に買い言葉で、「私はなんでも自分でやってる!」「誰が3年間ずっと病院に連れて行ってるの!」「それなら、いらんわ!」
ただ、母の物忘れはひどくなっていて、翌日には細かい内容はすっかり忘れていました。家に帰ってカレンダーを見ながら、「金曜日の病院、何時に来てくれるの?」まあ、忘れるのもいいことですよね。
年寄りは自慢話ばかりすると聞いていましたが、母がそうなるとは思っていませんでした。昔は、母の自慢話なんてほとんど聞いたこともなく、人前で子どもたちを褒めることもほとんどなかったのです。だから子どもたちの自慢もしなかったのだと思います。でも今、社会的なつながりがほとんどなく、親しい友人もいない母は、誰でも話す相手に、褒めてもらいたい一心です。
親は子の鏡と言われますが、、母に自分の未来が映っているとは思いたくはないです。でもそうならないためには、ずっと社会とつながりを持ち、社会に貢献できる何かを探し続けたいと思います。
まず今回の奥琵琶湖行きですが、先週の月曜日のレッスンの最後に、生徒さんが「来週はキャンセルしたいです」と言われたのです。一番長いお付き合いの生徒さんで、これまで一度も当日キャンセルもない真面目な人なので、1月に先送りになっても全然かまいません。
そしてふと思いつきました。その生徒さんの授業は月曜日の午前中、それがキャンセルだと日月と完全にフリーになります。もし奥琵琶湖が空いていたら、母を連れて行ってあげよう・・・。そして電話すると、人気のあるログハウスはいっぱいでしたが、本館洋室なら空いているとのことで、すぐ予約を入れました。
しかも日曜日なら長女たちもランチを一緒にできるはずとラインすると、これも予定を変えて会ってくれることになり、長女夫婦の近くのイタリアンレストランの予約を頼みました。
私たちは夜もかなりの量を食べる予定なので、一番軽いスパゲティコースにすると、4種の前菜がありました。
私のメインは「タラと春菊のオイルベースのスパゲティ」
パイナップルシャーベット
長女は妊婦スタイルとなり、ひ孫ができる母も大喜び。電話で話を聞いていても、覚えていたのかも疑わしいですが、実際目で見てようやく喜びをかみしめたようです。
食事だけで長女夫婦と別れ、私たちはメタセコイヤ並木を素通りして、残雪があった「マキノ高原」で温泉に入り、GFCへ5時ごろ着きました。そして夕食が6時からです。
前菜5種
おつくりはマグロとシマアジ
マグロの上にお味噌が乗っているのが新鮮でした
焼き物はカマスの一夜干し
このあたりまでは、二人で「美味しいねー」と言いながら、長女のことを話していました。でも新しい話題もそれほどないので、結局いつもの母の自慢っぽい話ばかりになり、だんだん返事をする気持ちも薄れてきました。
母は何十年間も茶道、華道をやってきて、特に茶道には思い入れもあり、85歳の停年まで役員をやってきたことも自慢の種です。でも茶道をしている人間は、まるで上級国民であるかの言い方をすることがあるのです。
蓮根饅頭
母がボランティアで教えている茶道教室でも、すぐに「外国に行っても、茶道を知っていたら、ほめられるよ。」いやいや、今の時代、茶道を習っている人口も減り、外国でも「茶道」という日本文化が知られているというのも時代遅れかなと思います。実際、私がタイの大学で茶道のデモンストレーションをしても、興味を持ってくれたのは、タイ人先生方で、学生たちはそれほど・・・でした。
勢子ガニの酢の物
母には3歳上の伯母がいて、1年半ほど前に施設に入りました。それまで、近くに住む伯母の次女が食事を届け、世話をしてきました。でも彼女には障害を持つ息子もいるのです。それなのに母がいつも言うのは「姉もホームに入れられて」。それを聞くたびにカチンときます。従妹ももうすぐ60歳、これまで伯母の世話をしてきて、もう限界だったと思うのです。
赤ダイのしゃぶしゃぶ
私の知る限り、伯母も母も親の介護をしていません。同居もしていませんでした。彼女たちの両親(私の祖父母)は、伯母も母も30代後半で亡くなっているのです。そんな人たちが、いざ自分が90歳になって「施設に入れられた」というのは、身勝手だと感じてしまいます。
その上、母は従妹を悪くいうような言い方をしたので、さすがにかっとなり、論理的に母を非難してしまいました。母もかなり売り言葉に買い言葉で、「私はなんでも自分でやってる!」「誰が3年間ずっと病院に連れて行ってるの!」「それなら、いらんわ!」
ただ、母の物忘れはひどくなっていて、翌日には細かい内容はすっかり忘れていました。家に帰ってカレンダーを見ながら、「金曜日の病院、何時に来てくれるの?」まあ、忘れるのもいいことですよね。
年寄りは自慢話ばかりすると聞いていましたが、母がそうなるとは思っていませんでした。昔は、母の自慢話なんてほとんど聞いたこともなく、人前で子どもたちを褒めることもほとんどなかったのです。だから子どもたちの自慢もしなかったのだと思います。でも今、社会的なつながりがほとんどなく、親しい友人もいない母は、誰でも話す相手に、褒めてもらいたい一心です。
親は子の鏡と言われますが、、母に自分の未来が映っているとは思いたくはないです。でもそうならないためには、ずっと社会とつながりを持ち、社会に貢献できる何かを探し続けたいと思います。

















































