長女は以前にも自分の洋服類は整理をしていたので、今回の断捨離のメインは「紙類」でした。一番大変だったのは、年賀状の処分で、私がボランティアに出かけた土曜日は、ずっとため込んでいた年賀状を、ハサミでチョキチョキするだけで終わったようです。
「これだけやと、手が腱鞘炎になりそうやから、他も気分転換に片付けたけどね」と、夜、子ども食堂から帰ってきた私に言いました。そして45リットルのごみ袋は、まるでシュレッダーのごみを出したようでした。そりゃ、大変だわ。
私もGW中にかなりの書類を処分したんですが、この時は次女との共同作業だったので、テレビを見ながら疲れたら交代するという感じで、それほど苦になりませんでした。その時も、シュレッダーが欲しいと思いましたが、書類もため込まなければ、普通の家には要りませんよね。
日曜朝に、私も娘を手伝ったのですが、その時にびっくりしたことがありました。長女は就職と同時に独立したので、24才までこの家で過ごしました。中学生になったときに個室を与えたので、小学校時代のものも残っています。
「これもいらんよね?このまま捨てていいかな」と私に見せたのは、小学校の卒業証書が入った筒。
「えっ!卒業証書、捨てるの?」
「うん、中高もいらんよね。大学もいらんかなあ。」
彼女の最終学歴は修士課程なので、確かに学士課程の証書はいらないのでしょう。でもこれは「目からウロコ」でした。
私は結婚するときに、すべての学校の卒業証書(もしかしたら幼稚園の修了書も?)と卒業アルバムも、大事に持ってきました。でも証書なんて一度も出したことがないし、アルバムでさえ見た記憶がありません。つまり40年間不要だったわけで、残りの人生に必要になるはずがありませんよね!
私も今度のごみの日に、卒業証書は名前のところだけ切り取って、ごみ袋に入れようと思います。一応大学と、オーストラリアの修士課程だけは残しておくつもりですが、これも必要かと言われると、必要じゃないと答えられそうです。
私は高校教員だったので、高校3年生を担任した年は、卒業アルバムを持っています。それだけでも10冊ちかくあるので、どう処分すればいいのか悩みどころです。まあ教員としての卒アルは置いておくことにして、自身のものは、本当にシュレッダーがあれば、さっさとシュレッダーにかけたいです。
紙の断捨離中、懐かしいものも見つけました。これは、娘二人を連れてオーストラリアの大学院に留学中、1年目に娘二人だけで一時帰国させたときのものです。当時長女が小学校4年生、次女が3年生でした。
二人だけで飛行機に乗せるのは初めてだったので、こんなものを作らせたんです。でも、子どもだけの搭乗時のサービスを利用したので、イミグレは航空会社の職員が付き添ってくれたようです。
これは2001年1月のことなので、はるか昔のことです。でもこれを長女に書かせたことも思い出しました。二人だけで、よく乗り換えもあるフライトに乗って帰ったものだと、今更感心しました。
「これだけやと、手が腱鞘炎になりそうやから、他も気分転換に片付けたけどね」と、夜、子ども食堂から帰ってきた私に言いました。そして45リットルのごみ袋は、まるでシュレッダーのごみを出したようでした。そりゃ、大変だわ。
私もGW中にかなりの書類を処分したんですが、この時は次女との共同作業だったので、テレビを見ながら疲れたら交代するという感じで、それほど苦になりませんでした。その時も、シュレッダーが欲しいと思いましたが、書類もため込まなければ、普通の家には要りませんよね。
日曜朝に、私も娘を手伝ったのですが、その時にびっくりしたことがありました。長女は就職と同時に独立したので、24才までこの家で過ごしました。中学生になったときに個室を与えたので、小学校時代のものも残っています。
「これもいらんよね?このまま捨てていいかな」と私に見せたのは、小学校の卒業証書が入った筒。
「えっ!卒業証書、捨てるの?」
「うん、中高もいらんよね。大学もいらんかなあ。」
彼女の最終学歴は修士課程なので、確かに学士課程の証書はいらないのでしょう。でもこれは「目からウロコ」でした。
私は結婚するときに、すべての学校の卒業証書(もしかしたら幼稚園の修了書も?)と卒業アルバムも、大事に持ってきました。でも証書なんて一度も出したことがないし、アルバムでさえ見た記憶がありません。つまり40年間不要だったわけで、残りの人生に必要になるはずがありませんよね!
私も今度のごみの日に、卒業証書は名前のところだけ切り取って、ごみ袋に入れようと思います。一応大学と、オーストラリアの修士課程だけは残しておくつもりですが、これも必要かと言われると、必要じゃないと答えられそうです。
私は高校教員だったので、高校3年生を担任した年は、卒業アルバムを持っています。それだけでも10冊ちかくあるので、どう処分すればいいのか悩みどころです。まあ教員としての卒アルは置いておくことにして、自身のものは、本当にシュレッダーがあれば、さっさとシュレッダーにかけたいです。
紙の断捨離中、懐かしいものも見つけました。これは、娘二人を連れてオーストラリアの大学院に留学中、1年目に娘二人だけで一時帰国させたときのものです。当時長女が小学校4年生、次女が3年生でした。
二人だけで飛行機に乗せるのは初めてだったので、こんなものを作らせたんです。でも、子どもだけの搭乗時のサービスを利用したので、イミグレは航空会社の職員が付き添ってくれたようです。
これは2001年1月のことなので、はるか昔のことです。でもこれを長女に書かせたことも思い出しました。二人だけで、よく乗り換えもあるフライトに乗って帰ったものだと、今更感心しました。