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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

2025年12月

私の今年の漢字は「稀」

 先日ブログ友のかりびーさんが、今年の漢字について書かれていました。今年の漢字は「熊」なんですが、かりびーさんが選ばれたのは、「変化、変革、変更」の「変」。



 私はコメントに、「変」という漢字はいい意味にも、悪い意味にも使われますねと書いたのですが、私にとっても今年1年は大きな変化がありました。でも同じ漢字を選ぶのは二番煎じなので、あえて「稀」という漢字を選びます。

稀 数がきわめて少ないさま、めったになく非常に珍しいさま

 実は、この1年、私にとって人生で一番波乱万丈の年だったと思います。いいことと悪いことが立て続けにあり、本当に忙しい1年でした。ブログにはあまり書けていないのですが、もっと落ち着いてから書きたいと思います。

 大みそかは、次女と台所の掃除をした後、お昼を食べに外出し、そのまま少し気分転換に箕面の大滝のあたりをドライブしました。

もうすぐニュージーランドに戻る次女の希望で「はま寿司」へ
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たぶんこの1.5倍くらい食べて、4000円くらい

 戻ってからもう少し掃除をして、夕食は沖縄で買ってきた宮古そばを年越しそばにして、3日前から煮込んだラフテー(これも沖縄から買ってきた皮つき三枚豚)をのせました。(写真を撮るのを忘れました)

 今年一年間、私のブログを読んでくださった方、本当にありがとうございました。自己満足の日記に過ぎませんが、来年も思いついたこと、旅行のこと、大好きなタイのことを書き続けていこうと思います。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 皆様、どうぞ良いお年をおむかえください。


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孫とランチで大喜びの母

 私はまだ喉と鼻がおかしいのですが、次女は体調もほとんど戻ったようです。(若いっていいなあ・・・)彼女はフルタイムの仕事に就いたため、逆に休みが取れなくなり、去年までのように1月下旬まで日本にいることが無理になりました。それで長女が実家に戻ってきてくれました。2泊して帰るので、今日は母のところに顔を出して、一緒にランチをすることにしました。

 母には2か月ほど前に長女が電話をして、彼女が妊娠していることを告げています。そして今月初めに一緒にランチをした時に、実際妊婦姿の長女を見ているのに、やはり覚えていなかったようです。まあいつでも新しい喜びを感じられるのは、幸せなことかもしれません。

 向かったところは、以前にも次女と母と行ったことのある「かつ辰」というかつの専門店。母は高齢ですが、魚より肉の方がすきなので、とんかつも好物です。

 メニューを見て、次女は一番初めにあったおススメ(一番高いメニューでした)を食べたいと言い、母も「めったに4人で来られへんから、みんなそれにしよ」と胃袋と相談せずに決めたために、全員、お持ち帰りBoxをもらうことになりました。

江別豚豚ヒレカツシャトーブリアンと海老フライ定食
3750円(税込)
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さすがに食べきれず、エビフライとかつを一つずつ残しました
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 ランチは母にご馳走してもらったので、もうお腹いっぱいでしたが、1月2日が母の誕生日なので、早めのケーキをプレゼントしました。

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 母はいつも同じことしか言わないので、娘たちも適当に相手をして返事をしてくれます。私もあまり真剣に答えると、前回のように腹がたつだけなので、もう左から右に聞き流していました。

 でも実際こんな風に4人で食事をすることは、もう何回あるかわからないとも思いました。長女は来年母親になり、次女も仕事が忙しくなり、年1度2週間ほどしか帰られないと言っています。今回も正月早々にニュージーランドに帰る予定です。

 母は今日のことも忘れてしまうかもしれませんが、それでも娘たちの心に残ればいいのだと思うようになりました。
 


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コロナ後遺症?

 土曜日にブログを書いていた時は、咳が続いているなあと思う程度だったのですが、昨日の朝、これまであまり経験したことのない症状に襲われました。
 
 寝る前に咳止めシロップを飲んで、夜中に起きたときは、まだ咳がでるなあと思っただけでしたが、朝5時ごろにひどい頭痛で目が覚めました。横になったまま少しウツラウツラしたのですが、6時半ごろに頭痛がもっとひどくなり、だんだん吐き気もしてきました。

 7時ごろ、吐き気を我慢できずトイレに行きましたが、前日夜8時ごろからまったく飲み食いしていなかったので、胃の中は空っぽで、胃液もろくに出てきませんでした。そのままトイレに突っ伏して10分。ようやくおさまって、またベッドに戻ったものの、15分ほどしてまたひどい吐き気に襲われました。

 次女が気づいて驚き、「病院、行った方がいいんじゃない?」とかなりあわてていました。吐き気がおさまって、Googleで「頭痛、吐き気」と検索すると、「片頭痛が一般的ですが、脳卒中、髄膜炎、脳腫瘍など命に関わる重篤な病気が隠れている可能性がある」とあって、私も急に怖くなりました。

 もう年末で最後の日曜日なので、救急で対応してもらえるかもわかりません。またネットで探して、「救急安心センターおおさか」に電話をすることにしました。ここは「救急車をよぶべきか」「病院に行くべきか」迷ったときに相談できる電話窓口(#7119または06-6582-7119)だそうです。

 電話をして相談すると、「救急対応している病院を紹介しますので、まず電話で問い合わせてください」と言われ、家に近いところを4か所教えてくれました。

 そのうち2か所は、救急の当直に内科がいないので、対応できないと言われ、1か所は、看護師さんが詳しく話を聞いてくれて、「まず、アセトアミノフェンを飲んでください。このまま吐き気が続くようなら、9時に内科の先生が来られるので、来てください(この時点で7時50分)。様子を見て、明日も状態が悪いなら電話をしてください」と言ってもらえました。

 結局、パラセタモール(アセトアミノフェン)を飲むと、頭痛がおさまり、吐き気もおさまりました。そしてそれ以後は、頭痛も吐き気もなかったので、今日も病院には行きませんでした。

 思い当たるのは、急に血圧が下がったためではないかということです。私はずっと低血圧気味で、タイに来るまでは上が100~110、下が60~70くらいが普通でした。タイに来て、日常体温も血圧もあがり、標準になったのですが、昔は、冬になると片頭痛に悩まされていたのです。

 コロナの後で、抵抗力が落ち、自律神経も乱れているために、急激な低血圧になったのか、それとも日本の寒さに体がついていかなかったのか・・・どちらにせよ、まだ本調子には程遠いようです。

 娘も身体が少しだるいままだというので、やはりコロナから完全に回復できていないようです。もう年末ですが、掃除ももうあきらめて、栄養のあって美味しいものを食べて、ゆっくり過ごそうと思います。
 
トラムの風景がメルボルン・・・
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メルボルンでキャッシュレス診療

 昨日の朝、羽田に到着し、2時間ほど待って伊丹空港に戻ってきました。予想していたとはいえかなり寒くて、あわててリュックからウルトラライトダウンを着ました。

 2年前のニュージーランドと釜山で熱を出した経験から、常備薬としてパラセタモール(アセトアミノフェン)を数日分持っていきます。今回は残っていたロキソニンも3錠入れてありました。二人とも熱が出た後は、それを飲んだので、高熱が続くことはなかったです。

 メルボルンに着いたのが日曜日で、もう熱は引いて気分もマシになっていたのですが、娘が心配して病院に行くべきだと言い、
今回もANAカードの自動付帯の海外旅行保険を使うことにしました。まずメルボルン中心にあるキャッシュレス診療ができる「Parmount Medical Crinic」のHPから月曜日午後の予約を入れました。ここには日本人女性医師がいるそうですが、クリスマス前でもう休暇に入っておられたようで、リストの一番上の先生を予約しました。
 
 それからカード会社に電話をかけて、予約をとったことを話し、キャッシュレスで診療してもらえる手配をお願いしました。でも月曜日の朝には平熱で、それほど体調も悪くなく、ただ時々ひどい咳が出ていたのです。娘ももう熱はないものの、少し気だるさがあると言っていました。
 
 クリニックはメルボルンの中心、Bourke Streetにあります。ショッピングモールの中の2階で、エスカレーターのところに大きな看板もあり、すぐわかりました。受付は日本人らしい女性が二人いて、やりとりはすべて日本語で、キャッシュレス診療の手続きも簡単でした。

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 3時半の予約でしたが、実際診察室に入れたのは3時50分ごろでした。リストの一番上の先生は年配の方で、とても優しそうな雰囲気でした。これまでの症状と、病歴、いつも飲んでいる薬などを聞かれました。すべて英語でしたが、もちろん必要であれば、受付の方が通訳をしてくださるそうです。

 喉を診るのは日本と同じでしたが、心音は背中からでした。その後、口の中、鼻の中をぬぐってコロナの検査。(PCRか抗原検査かは、確認していません)。結果は翌日電話で知らしてもらえるとのことでした。

 そしてもらったのがこの薬です。すべて、日本語での飲み方指示のシールが貼ってありました。右下の薬が抗菌剤で、これだけは飲み切り、それ以外は症状に応じて飲むように言われました。

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 結局、咳だけがずっと続いていて、右上のシロップを寝る前と咳がひどい時に飲んでいます。

 病院に行った翌日、私は少し咳が出るものの元気だったので、二人で往復180㎞ほどのドライブに出かけました。娘は身体が少しだるいと言って、私がずっと運転していました。

 検査結果は午前中と聞いていたのに、電話がかかってきたのは、午後1時過ぎ。娘が出ると受付の女性の声で「先生に代わります」というのが、聞こえました。「これって、やっぱりコロナ?」と運転しながらドキドキしていると、娘が返事をしていて、やはり陽性だったとわかりました。

 でもコロナと言っても、風邪症状とほとんど変わらず、ひどい熱が出たのも2日間だけでした。ただ発症から1週間経っても、やはり喉が少しいがらっぽく、時々咳が出ます。それと熱が下がって2日目に、Snickersというめちゃくちゃ甘いチョコレートを食べたとき、それほど甘いと感じなかったのです。でも香りは感じるし、他の苦みとか酸味も感じるので、強い甘みだけが鈍感になっていました。ただそれもすぐ元に戻りました。

 旅行は半分くらいしか楽しめませんでしたが、まあコロナの症状が軽かったのでよかったし、クリニックに行くという経験もできたので、そんなひどい結果ではなかったと思います。将来この旅行を振り返ったとき、娘と大笑いするかもしれません。 



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OMG オーストラリアでコロナに!

 全く予想していませんでした。娘が風邪をひくの珍しいと思いましたが、彼女も9月に引っ越し、就職と大きな変化があり、その後休みなく働いていたので、その疲れが出たのだと思っていました。そして私も、2,3日睡眠不足が続いて、風邪がうつったと思い込んでいました。

 コロナ禍をワクチン5回で乗り越え、その後も全くコロナにならなかった娘と私が、オーストラリアに旅行に来て、コロナにかかってしまうとは!娘が体調を崩したのが到着3日目だったので、彼女はニュージーランドの国内線か、オークランドからシドニーへの便で感染したようです。私たちはずっと車移動で、人混みも行っていないので、原因はやはり機内でしょう。

 でも症状はあまりひどくなく、風邪をひいたのと変わりませんでした。ただ熱は下がってもずっと軽い症状は続きました。二人の病状経過を書いておきます。

オーストラリア到着3日目
 娘 朝からだるそうで、だんだんひどくなり、夕方に測ると37.9度。ただ食欲はあり。
4日目 車で3時間移動
 娘 パラセタモールを飲んで寝たので、朝は37.4度。でもずっとだるそうで、夕方宿に着いてずっと休む。食欲はあり。
5日目 
 娘 熱が下がり、かなり元気になり、一日中観光に出かけた。
6日目 車で4時間半移動
 娘 また微熱が出て、夕方宿に着いてずっと寝ていた。
 私 喉がいがらっぽく、鼻水がかなり出てきた。
7日目 
 娘 微熱があり、一日中休む。
 私 1時間ほど街歩きと買い物をしたら、急に熱が出てきて、夕方、39.8度という高熱が出て、かなり汗をかき、ロキソニンを飲む。夜には38度台に下がる。
8日目 1カ所観光した後車で4時間弱移動。私がダウン気味で、娘が雨の中3時間運転。
 娘 熱はないがまだ少しだるそう。
 私 朝は平熱に下がっていたが、午後から37度台後半の熱。
 この日メルボルンに到着し、私も少し元気になっていたが、海外旅行保険を使って受診することを決め、オンラインで予約。

 そして翌日クリニックに行ったのですが、体調不良のピークは超えていたので、私はあまり心配もしていなかったのです。ただ娘は自分が熱を出した時点で、ちょっと冗談ぽく「コロナかもしれない、飛行機で咳してる人いたし」と言っていたのですが、私は100%ないと思っていました。

 実は、私は今シドニー空港のニュージーランド航空ラウンジにいます。私は世界一周の最後の2フライト(シドニー〜羽田〜伊丹)ですが、娘は今ジェットスターで関空にむかっているところです。彼女は今夜遅くには自宅に戻り,私だけ明日昼前に戻ります。
 
 この3日間は全く熱はないのですが、明日の体調によっては、日本でも病院に行くかもしれません。でも旅行中にコロナになり、この程度で済んだのは、ラッキーだったと言えます。

シドニー空港からMerry Christmas 
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1年間住んだ町ウーロンゴン

 今回の旅のルートは娘が考えてくれました。最初の2泊がブルーマウンテンズで、その次がシドニーから90kmほど南下したイラワラ湖が見えるリゾート地でした。でもその辺りは、あまり普通の日本人旅行者は来ないだろうし、名前も知らないと思います。

ブルーマウンテンズのHassan's Walls Lookout
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ここも本当にきれいでした

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 娘は360度撮れるInsta360を持っていて、その撮影中です。でもまだ慣れていないこともあり、撮れた写真は思ったようにはならなかったと言ってます。

 シドニーからウーロンゴンに向かうGrand Pacific Driveは、海岸線の景色が素晴らしいドライブウェイで、私たちも住んでいた頃、何度もドライブしました。

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 この日はお天気も悪く、娘が車内から撮った写真もイマイチだったので、Grand Pacific Driveのhpからの写真をお借りします。

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grandpacificdrive.com.auより

 ウーロンゴンに着いてまず向かったのは、当時私たちが住んでいた大学寮のアパートです。最初この建物の1階に3ヶ月ほど住み、その後見晴らしの良い3階に移りました。2ベッドルームで週180ドルという安さでした。今のレートでも19,000円弱、当時は1ドル70円ちょっとだったので、月7万円もしなかったと思います。

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 このアパートは、大学と道路を挟んで向かいにあり、本当に便利でした。子供たちは20分ほど歩いて、地元の公立小学校に通いました。

 3階の部屋からは、キーラ山が見え、車で15分ほどなのでよくドライブがてら行きました。その山頂から、ウーロンゴン市内が見渡せます。オーストラリアで確か10番目に大きい都市だそうですが、小ぢんまりした暮らしやすいところで、海も山も湖も近い自然豊かな町です。

山頂から見えるウーロンゴン中心地
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 イラワラ湖が見えるAirbnbに泊まり、Kiamaというビーチへ向かいました。ここも何度も訪れ、夫が来た時に皆で撮った写真も残っています。その時、海辺のシーフードショップで何か魚を買ったら、近くにいたペリカンに追いかけられて、ものすごく怖かったんです。

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 このblowholeは当時から、この地域の人たちにはよく知られていましたが、平日でも観光客がたくさんいて、驚きました。

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 ここにYouTubeのショート動画を貼り付けようとしたら、なぜかうまくいかなかったので、リンクだけ貼っておきます。たった6秒ほどなので、無視してもらってかまいません。

https://youtube.com/shorts/qvtLxX30Hak?si=1onTPX2EI5bxhmJU


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メルボルン、思い出の味

 ブログを数日間休んでしまったのは、まず娘が風邪をひき、その後私にもうつってしまったせいでした。今回はシドニーに入り、メルボルンまで車で移動だったので、体調が万全でないのに長時間運転する必要もあり、夜はいつも早く寝ていたのです。

 昨日の夕方メルボルンに着き、二人ともよく眠れて、娘はかなり回復、私は熱が下がったものの咳がひどいので,クリニックへ行きました。でも、もうずいぶん元気になりました。

 クリニックのことはまたブログに書きたいと思いますが,今日はそのついでに買ってきた中華のこと。娘たちと私は、2001年8月から2003年1月までメルボルンに住んでいました。その時、一番気に入っていたレストランが、メルボルンの中華街にある水餃子が美味しい店でした。

中華街入口の門
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 メルボルンに来る前にGoogle mapで中華街のあるリトルバーク通りのレストランを検索したのですがわからず、今日その通りを歩いてみました。思っていた場所にはなかったのに、急に頭に「上海 Village」という名前が浮かび、その通りの半ばにそのお店を見つけました。

夕方5時オープン前からお客さんが並んでいました
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 今回の旅行は、次女と思い出の場所を巡るのが、一番大きな目的ですが、小学校3年生から5年生までの彼女は、はっきり覚えておらず、私ほど感動しないことが多かったのです。それに20年以上たって、かなり変わってしまった場所がほとんどでした。でもこのお店に入ったとたん、「ここ、覚えてる」と嬉しそうに言いました。
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 お店の人に創業何年くらいかと聞いてみると、30年くらいとのこと。私たちが通った頃は、まだできて間もない頃だっだのです。だから店内もそれほど大きく変わらなかったのでしょう。

 当時、よく食べていたメニューをテイクアウトにしました。次女が大好きなチャーハン、長女のお気に入りだった卵とコーンのスープ、何度も食べた水餃子、そして野菜炒めです。物価の高いオーストラリアで、4品買って46.1ドルは、びっくりするほど安いです。

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 チャーハンも水餃子も、23年前と同じかどうかはわかりませんが、とても美味しかったです。そしてスープは、次女はニュージーランドの中華でこんなに美味しいスープは食べたことがないと、感激していました。

 このお店は、確か大学院のクラスメートだった中国人女性に教えてもらいました。彼女とも何回か来たので、私は10回以上行ったような気がします。

 食欲も戻り、懐かしい場所、懐かしい味に会えて、今日は大満足です。


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