ヴィリニュス旧市街北にあるゲティミナス城は、13世紀に建設が始まり16世紀ごろに完成しましたが、現在は丘の上に周囲320mの城壁跡と宮殿の一部だと思われる建物、そして今は博物館になっているゲティミナス塔だけが残っています。ヴィリニュス最終日に、その丘に登りました。
丘があるところは大きな公園になっていて、市民の憩いの場所でもあります。この不思議なドームが何かわからなかったんですが。
1989年8月23日の19時、バルト三国の住民約200万人が手をつなぎ、タリンからリガを経てビリニュスまで人間の鎖が完成しました。バルト三国それぞれの国民運動団体が主導し、参加者は独立運動が行われる都市や村に集まるか、バルトの道が縦断する道中で人員が不足する人口が少ない地域へ車で向かいバルトの道を完成させました。
このデモにはエストニアから70万人、ラトビアから50万人、リトアニアから100万人が集まったとされています。
この下の写真は、ラトビアの首都リガの自由記念碑近くにあった「人間の鎖の足型」です。リガのウォーキングツアーのときにも、この運動のことを聞いたのですが、あらためてこの運動がバルト三国の人にとって、大きな出来事であったかを実感しました。
ベルリンの壁が崩壊したのは1989年11月9日です。そのニュースははっきりと覚えています。というのは、その数年前にベルリンの壁を訪れて、西側にある博物館で、その悲惨な歴史を学んだからでした。でもその3ヶ月前に、バルト三国でこの運動があったことは、今回訪れるまで全く知りませんでした。
ちょうど結婚した翌年で、まだ子どももおらず、仕事もプライベートも大きな悩みもなく、楽しい生活を送っていました。その時に同じ地球上でこんな出来事があったのを、まったく知らずにきたことが少し情けなくなりました。
バルト三国を訪れたのは、カウナスの杉原千畝博物館に行きたいと思ったことが理由ですが、三カ国とも落ちついた雰囲気の素敵なところだったので、写真を眺めながら、またいつか訪れたいと思っています。
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丘があるところは大きな公園になっていて、市民の憩いの場所でもあります。この不思議なドームが何かわからなかったんですが。
公園の中を走る汽車、子どもが喜びそう・・・
何かストーリーがありそうですが、英語じゃなかったのでわかりませんでした
丘の上にはこんな階段をずっと登っていきました
でも旧市街の反対側からはこんなゴンドラもありました
川が流れているのは旧市街の北側です
かつての宮殿の一部
バルト三国は1940年にソ連によって占領されました。これはソ連とナチス・ドイツが1939年8月23日に交わした「独ソ不可侵条約」の裏で秘密裏に交わされていた議定書によるもので、東ヨーロッパと中央ヨーロッパをそれぞれの勢力圏に分割するという内容でした。
1980年代後半になっても占領は続き、またソ連は秘密協定の存在を否定しバルト三国が自発的にソ連に加わったのだと主張し続けました。そしてその協定50周年にあたる1989年8月23日、バルト三国の国民は協定の秘密議定書の公的承認とバルト三国の独立回復を要求し"人間の鎖"による独立運動「バルトの道」を行いました。
丘の上のゲティミナス塔には、その「バルトの道」の展示があります
1989年8月23日の19時、バルト三国の住民約200万人が手をつなぎ、タリンからリガを経てビリニュスまで人間の鎖が完成しました。バルト三国それぞれの国民運動団体が主導し、参加者は独立運動が行われる都市や村に集まるか、バルトの道が縦断する道中で人員が不足する人口が少ない地域へ車で向かいバルトの道を完成させました。
このデモにはエストニアから70万人、ラトビアから50万人、リトアニアから100万人が集まったとされています。
当時の各国の人口がエストニア157万人、ラトビア266万人、リトアニア368万人なので、本当に多くの人がこの運動に参加したことになります。
この下の写真は、ラトビアの首都リガの自由記念碑近くにあった「人間の鎖の足型」です。リガのウォーキングツアーのときにも、この運動のことを聞いたのですが、あらためてこの運動がバルト三国の人にとって、大きな出来事であったかを実感しました。
ベルリンの壁が崩壊したのは1989年11月9日です。そのニュースははっきりと覚えています。というのは、その数年前にベルリンの壁を訪れて、西側にある博物館で、その悲惨な歴史を学んだからでした。でもその3ヶ月前に、バルト三国でこの運動があったことは、今回訪れるまで全く知りませんでした。
ちょうど結婚した翌年で、まだ子どももおらず、仕事もプライベートも大きな悩みもなく、楽しい生活を送っていました。その時に同じ地球上でこんな出来事があったのを、まったく知らずにきたことが少し情けなくなりました。
バルト三国を訪れたのは、カウナスの杉原千畝博物館に行きたいと思ったことが理由ですが、三カ国とも落ちついた雰囲気の素敵なところだったので、写真を眺めながら、またいつか訪れたいと思っています。
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