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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

2026年07月

「飛んで」じゃなく「バスでイスタンブール🎵」

 さあ最後の目的地イスタンブールです。 デニズリからのバスは出発時間が遅れて、ターミナルでかなり待つことになり、その上、バスのルート上の町で地震があったというニュースが入り・・・と快適とはいえない夜行バス旅でした。この時のことは、去年の旅行中に書いています。



 イスタンブールのバスターミナルは市内の中心からは10kmほど離れています。でも電車を乗り継いで、その日の宿へ向かいました。イスタンブールは2泊か3泊で悩んでいたので、この日のホテルだけは新市街側です。でもタクシム広場というわかりやすい駅から歩いて10分のところで、迷わず行けました。

 Booking.comで予約したヴァルダルパレスホテルというホテルですが、一番安い部屋で35ユーロ(当時のレートで6500円)。やはり他のヨーロッパの国に比べると安いです。トルコはアジアでは?と言われそうですが、イスタンブールのメインはヨーロッパ側にあるんです。

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 ここで私の「ラッキーガール」が出動しました。ホテルに着いたのが9時過ぎで、チェックインは14時からだったのですが、フロントで、「ラッキーだね、一部屋だけ準備できてるよ」と部屋に入れてくれたのです。

写真は疲れて撮るの忘れたらしく、この上下2枚はBooking.comからです

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 コンパクトですが、ベッドは寝心地も良く、場所もこの日予定していたドルマバフチェ宮殿まで徒歩圏内(1.5km)だったので、選びました。

 部屋でシャワーを浴びてさっぱりしたので予定通り出かけることにしました。まず腹ごしらえと、タクシム広場近くの小さなお店でこんなものを食べました。

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 写真を見ても、「何だっけ?」と1年前の記憶をたどって、思い出しました。「Wet Barger」濡れバーガーです。確かトルコで流行っていると、ネットで読んで食べてみましたが、まあフツーだったとしか思い出せません。

 そしてこの日、かなり睡眠不足だというのに、このまま夜まで観光し、歩き回るという無謀なことをしました。それはイスタンブール観光のために前もって買ったKlookのパスのためですが、それについてはまた次回に。


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デニズリで一番のケバブ屋さん

 ヒエロポリスからミニバスで戻ったのが、4時15分ごろでした。デニズリの町はそれほど大きくなく、観光地も博物館くらいと思っていたら、月曜日だったため、その博物館はお休み。仕方がないので、とりあえずメインストリートの方へ歩いていくことにしました。

これはデニズリのシンボルの雄鶏だそうです
ガラス製で夜にはライトアップされます
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アタチュルク像
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食事の前にトルコアイス!
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ここのケバブが一番というブログを読んだので、来てみました

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まだ時間が早かったのでお客さんはまばらですが、地元の人気店だそうです

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最初に来たのがこの山盛りトマトと玉ねぎ、そしてハーブ

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この写真だと大きさがわかりにくいのですが・・・

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ピタパンをめくると、大量のラム肉

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この日、昼間は暑すぎて、水分しか取っていませんでした
ということで、このケバブは美味しくて、2/3ほど快調に食べましたが・・・

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最後はお腹がはち切れそうになりましたが、完食
そしてチャイでごちそうさまでした

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650トルコリラなので約2,250円でした

 この他でもケバブを食べましたが、値段は少し高い目でしたが、ここのが一番美味しかったです。この後ホテルに戻り、休憩させてもらってからバスターミナルへ。実質26時間ほどしか滞在していないデニズリでしたが、大満足でした。
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1000年の時を感じさせないヒエロポリス

 足元地獄のパムッカレを堪能したあと、すぐ近くのヒエラポリス博物館に向かいました。古代都市ヒエラポリスの歴史は、紀元前2世紀にアッタロス朝(ペルガモン王国)の軍団居留地として築かれたことから始まります。温泉街として栄えるようになり、古代ローマに割譲されたのちに繁栄のピークを迎えます。そしてセルジューク朝の時に町は破壊されました。

ヒエロポリス博物館

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 行きたいと思っていた割には、あまりヒエロポリスのことは調べておらず、この博物館を見て、ここは「ローマ帝国」の遺跡だったことに気づきました。あらためてローマ帝国が広大な帝国であったこと、そしてローマ帝国の首都が一時期コンスタンティノープル,つまりイスタンブールだったことも思い出しました。そうはるか昔、大学受験に世界史を選んで勉強した時の記憶です。

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 展示されているものは、確かにイタリアやギリシャで見たものと似ています。

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 模様も神話に基づくものが多いのでしょうが、その知識もないので、すごく精密に作られているなあとかきれいだなあという程度の感想です。

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 博物館から少し坂を登っていくと、古代劇場があります。
これまでにいくつかの国と場所で、古代劇場を見たことがありますが、このヒエロポリスのものは、現存する中でも、一番保存状態がよく、見応えがあると聞いたことがあったので、とてもたのしみにしていました。

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 ハドリアヌス帝によって2世紀に造られたもので、非常に保存状態が良く、15,000人を収容できました。

ギリシャの神々の像が残っています
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円形劇場の横にあるアポロ神殿跡

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 遺跡を見るのは面白いのですが、もうお昼ごろで、たぶん40度近い気温。さすがに歩き続けるのもつらくなってきました。
 
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 1354年に起きた大地震で、完全に廃墟となったそうですが、それから700年ちかく経っても、まだこの状態で残っているのが不思議です。

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奥に見えるのが、フロンティヌス門だそうです

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 結局、博物館と円形劇場以外は、適当に見ながら歩きました。パムッカレの村の入口に着いたのが10時過ぎで、それからパムッカレとヒエロポリスを計4時間半ほど見学したのですが、やはり真夏の見学はかなり厳しいものがありました。でもずっと行きたいと思っていた場所なので、行けてよかったです。

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今、夫婦別姓について考えてみる

 今月は急に仕事のスケジュールが変わり、バタバタしているうちに月半ばになってしまいました。実は今週は、久しぶりの旅行が控えています。大阪は台風の影響もまったくなかったのですが、急に暑くなってきたため、ちょっとバテ気味です。しかも、バレーボールネーションリーグを録画して見るために、睡眠不足気味でもあります。

 トルコの旅行記がまだ途中なのですが、ちょっとニュースを見て、気になることがありました。国会で皇室典範改正案が成立する可能性が高いと聞いて、日本は決して先進国とは言えないと感じたのです。このまま国会を通れば、女性天皇の可能性はなく、すでに皇室を離れて長い男性を養子にさせ、その男児に皇位継承権を与え、女性の皇族の方は、皇室を留まることも可能で、でもその夫や子どもは皇族ではないらしいです。

 つまり女性皇族の方が皇室に残れば、その夫とは姓を共有せず、もちろん子どもとも共有できないということですよね。これは長らく認められていない夫婦別姓と同じことになるのではないかと思いました。

 私が結婚したのは1988年で、当時はまだ夫婦別姓にしたいという人は、回りにいませんでした。私自身も、長男である夫と結婚する際、長女とはいえ、長男の弟がいたので、夫の姓になることに、何の疑問も感じませんでした。それどころか、私たちの世代だと、「姓が変わりました→結婚しました」が、結婚した証明のようにとらえて、姓が変わることを喜んでいた女性も多かったように思います。

 でも結婚時に、姓が変わることによる手続きの多さに、うんざりしたことも覚えています。仕事をしながら結婚準備に時間を取られ、しかも私は夫の家で姑と同居するために、私の方がはるかに忙しいのに、手続きまで手間がかかることに、腹を立てていました。それでも別姓という選択肢を全く考えなかった自分に、今は疑問を感じます。

 90年代に入り、ちょうどその頃、夫婦別姓に関する世論も高まっていたこともあり、同僚の中にも結婚後、通名として旧姓を使う女性がポツポツ出てきました。その時、なぜ自分はその道を選ばなかったのかと考えたのです。でも1996年に以下の最終答申が出され、夫婦別姓問題も、先送りされました。
*夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする。
*夫婦が各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをするときは、夫婦は、婚姻の際に、夫又は妻の氏を子が称する氏として定めなければならないものとする。
 
 夫婦別姓が認められない理由は「家族の一体感や伝統的な家族観が損なわれる懸念、子供の姓を巡る法的な不安定性、および戸籍制度の根幹が崩れることへの危惧」だそうですが、本当に姓が異なれば、家族の一体感や伝統的な家族間が損なわれるのでしょうか。

 私は結婚後の姓の方が、旧姓よりも長くなりました。つまり両親や弟と違う姓になり、そして仕事を初めてからは、今の姓でほとんど過ごしています。でも実家の家族との一体感がなくなったとは思わないし、姓が違う私と、実家の姓の弟の間に、何も変わりはないと思うのです。

 皇室の女性に夫婦別姓を認めるのなら、日本人の誰でも、結婚後夫婦別姓を認められるべきだと思います。もしくは、他国で使用されているような、姓をふたつつなげた使用も(まあ片方がミドルネームになってしまいますが)認めたらいいのではないでしょうか。

今月はあまり行けない子ども食堂です
左から時計回りで、ターツァイ、きゅうり、トマトのサラダ
ズッキーニと長芋のソテー、唐揚げ、ケチャップライス
ガーリックブレッド、スープ(玉ねぎ、にんじん、コーン、ハム)
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買取というより、処分してもらったという方がいいかも

 昨日、エコリングの人が来てくれました。まあほとんどお金になるものなんてないかもと思いながらも、香蘭社の花瓶だけは少し期待していました。それと箱入りの掛け軸ももしかしたら・・・と思っていたのですが、取らぬ狸の皮算用でした。もちろんそれほど高額なものはないと思っていましたけどね。

 右隅に見えるのはベビーベッドなので、これ以外に並べたものを、エコリングに持って帰ってもらいました。

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 これがその明細なんですが、ギフトまとめというのが、箱に入ったお返しのものです。確か5箱あったはずで、これが100円。これだと一度に出さなければ、3箱と2箱で100円ずつかなとセコい考えもおきました。

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 合計1,000円だったんです。もちろん使用済みのものもありますが、期待した香蘭社の壺も、その他扱いでした。香蘭社の陶器はブルーのものしか価値がないそうです。

 結局未使用のものでも、ほとんど値段はつかないんですね。もちろん自分で買ったものではなく、お返しにもらったもので、しかも姑の時代のものなんて、25年〜50年前かもしれない。あらためて今は、「モノが余っている時代」だと感じました。シーツもベッド用のボックスシーツは私も何枚か買っていますが、フラットシーツはもらってくれる人もいなさそうです。

 とにかく断捨離中の私には、あれだけのモノが家から消えただけで、気持ちは軽くなりました。和室の押し入れも、見ただけで何があるかわかってすっきりしました。最近の片付けで学んだのは、「自分の管理できる以上のモノは持たないことが一番大事である」ということです。


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石灰棚が美しい世界遺産パムッカレ

 娘たちが帰っても、何やかやと忙しく、トルコ旅行記も中断したままですが、今月は久しぶりの旅行も控えているので、なんとかそれまでに書き終えたいです。頑張れるか、あまり自信がないのですが・・・。

 トルコは去年にトランジットツアーに参加したのを含めると、もう4回目になります。でも最初の2回はもう40年近くも前のことで、記憶も定かではないのですが、行った地名だけは覚えています。そしてこのパムッカレは、新婚旅行で行った2回目のときに、日程の都合で行けなかった場所でした。

 Screenshot 2026-06-30 15.06.33それが1988年なんですが、カッパドキア、トロイ、ベルガマ、エフェス、イスタンブールに行きましたが、まだパムッカレはそれほど知られていませんでした。というのは、何とその1988年に、パムッカレ・ヒエラポリスとして世界遺産登録がされたので、観光地として有名になったのはその後です。
 
 パムッカレは、デニズリの北19km、大メンデレス川を100m程上がったところにある、2,600×300mの広大な石灰質の台地です。非常に濃度の高い炭酸塩と石灰を含んだ35℃の湯が、台地から100m下の平地に流れ落ちる間に冷却されて炭酸カルシウムが残り、これが段々畑状の地形に沿って、まるで水の流れのような石灰棚を形成しています。

 実は、世界遺産はこのパムッカレの石灰台地だけでなく、ヒエロポリスという遺跡とセットです。私はまずパムッカレに向かいました。と言っても、ほとんど同じ場所です。

 ホテルでもらったインフォーメーションの紙に、ミニバスの乗り場も、料金も書いてあったので、9時半頃にバスターミナルへ行きました。車内の料金表はトルコ語でわかりにくかったので、ホテルに感謝です。ドライバーには「パムッカレ」というだけで、わかってもらえましたが。

 
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 30分ほどでパムッカレの村に着き、他の観光客もいたので、簡単に入口まで行けました。最新の「地球の歩き方」キンドル版を持っているので、入場料はパムッカレとヒエロポリスがセットで30ユーロ(約5500円)というのはわかっていました。でも表を見てびっくりです。トルコ人だと100トルコリラ(約350円)なんですよね。バンコクの王宮も、外国人には暴利だと思っていましたが、その比じゃないですね。

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世界遺産なので、入口はそれらしく見せています
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通路も整備されています
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でも途中にある、あまり大事ではないのだろうと思える遺跡は
ほったらかしのように見えました

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だんだん石灰棚がみえてきました
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まだメインのところではないのですが
ここの方が人が少なくて、きれいに見えました

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 いきなりものすごい人が見えてきました。実は、このパムッカレに来るには、入口が2ヶ所あり、反対側の入口のほうが、温泉が出る村のため、いいホテルなどがあるそうです。だから、そちらから来る人の方が、多いのかもしれません。

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 メインの石灰棚は裸足でしか、入ることができません。この日の気温はおそらく40度超えで、しかも石灰棚は固くて、熱さと痛さで歩くのがつらかったです。

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 子どもたちが、プールのように水遊びをしていたり、温泉のようにつかっている人たちもいましたが、太陽の日差しが強すぎて、ゆったりした気分にはなれませんでした。

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 日が沈むころには、白い石灰棚は夕日で茜色に染められるそうですが、8月は暑すぎて、一日ここで留まるのはかなり厳しいと思いました。このパムッカレという名前はトルコ語で「綿の城砦」を意味するそうです。昔からここは綿の生産地で、雪のように白い大きな石灰棚が広がっていることから、そう呼ばれたそうです。 

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まるで雪景色のようです
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2つの短いビデオを繋いだので、ちょっと見にくいですが、雰囲気だけ・・・



 バルト三国がとても涼しかったので、この日は本当に大変でした。ただ日本のような蒸し暑さではないので、UVパーカー、サングラス、日傘で完全防備して、日焼けに備えると、歩くことはできました。まあでも、もしもう一度トルコに行く機会を作るなら、5月頃にしたいです。


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SAMURAI BLUEの写真、中高生の部活をしている子たちに見せたいです

 これは、私が参加しているメーリングリストから送られてきた写真です。A dressing room can tell a lot about a team. と書かれていました。

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 これまでもサポーターの方たちが、試合観戦後に場内を掃除して帰ったとか、日本人のマナーの良さがメディアで取り上げられたこともよくありましたが、この写真には驚きました。

 私が高校教員をしていた30年ほどの間、どの高校でも更衣室はたいてい汚かったです。高校は、毎日清掃時間があるので、各部屋、トイレ、更衣室にも教員に担当が割り当てられます。担任をしていると、そのHR教室の担当になるのですが、副担任だとたいていトイレが割り当てられました。トイレもあまりきれいとは言えないのですが、学期に2ヶ月に1度くらい業者の清掃も入るので、それでかなりきれいにしてもらえます。でも更衣室は生徒たちが掃除するだけなので、限界があります。

 1つの理由は、高校生たちのロッカーは小さすぎて、部活の用具を入れられないのです。だから「私物を置いてはいけない」と言われても、卒業生たちが残していった古いロッカーを持ち込んで、部活の道具を置いています。それは教員も黙認しているのですが、行儀の悪い子は、自分のシューズやウェアもほったからしするのです。

 更衣室は全生徒が使うため、部活の顧問も管理はできません。私も顧問をしていたバレー部の生徒たちに、更衣室もきれいに使いなさいと何度も言いましたが、部活に入っておらず、体育のための体操服やシューズをほったらかしにする子もいて、限界がありました。

 今、SAMURAI BLUEに熱狂している中高生には、この写真を見せて、「真のスポーツマンは、何事にも手を抜かず、他の人へ配慮ができる」と言いたいです。

 全国の中学校、高校の更衣室のポスターにぴったりだと思いませんか?

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