4年前の今日、国民から絶大な尊敬と信頼を受けておられたラーマ9世が亡くなられた。その時は日本で働いていて、連日報道される悲しみにくれるタイ国民のニュースに、私も胸が痛かった。
実は私は大学時代にタイ語を学んでいて、タイとの付き合いはもう40年以上になる。その間だけでなく、もっと以前からプーミポン国王はタイの国王で、王室について学んだことは全てプーミポン国王に関わることだった。だからどれほど国民がプーミポン国王を慕い、悲しみにくれているかも想像できた。
2017年4月からバンコクに住み、その年の10月にあった葬儀はテレビで見た。そしてその葬儀会場もその年末まで公開されていたので、2回見学に行った。タイのお寺や観光地はどこでも外国人料金があるのだが、この時は外国人でも無料だった。
これほど美しい建物なのに、今はもうない。王宮前広場に作られたのだが、年末まで公開されたあと撤去された。この横の建物は博物館のようになっていて、ラーマ9世の業績を辿ったパネルや私物が展示されていた。この古いコンピューターは、いつまで使われていたんだろう。
ラーマ9世は写真を撮るのがお好きだったそうだ。このご愛用のキャノンのカメラで、ご家族の写真も撮られていたのだろうか。
いろいろな写真が展示されている中で、印象的だったものがある。シリキット王妃とボートに乗られているものだ。一国の国王が、こんな普通のボートにご夫妻だけで乗るなんてと、不思議な気がした。
ラーマ9世が国の父と慕われたのは、「王室プロジェクト」と呼ばれる地方経済の活性化プログラムをご自身で指導推進され、また王妃とご一緒に地方視察に頻繁に行かれて、泥や雨に濡れながらも、人々の間に積極的に入っていかれたからだ。国民は、それまで天上の人」、神に近い存在だった国王を、初めて自分たちの身近な人間だと感じられたと言われている。
学生たちに、「尊敬する人」をあげさせると、プーミポン国王と答える子もいる。今のほとんどのタイ人にとって、生まれてからずっとプーミポン国王だったのだから、当然かもしれない。
今日は、大学、病院、コンドミニアムと、ラーマ9世を偲ぶラインが来た。ネット上もテレビもラーマ9世のことがたくさん取り上げられている。あらためて、人々から愛された王様だったのだと実感する。
実は私は大学時代にタイ語を学んでいて、タイとの付き合いはもう40年以上になる。その間だけでなく、もっと以前からプーミポン国王はタイの国王で、王室について学んだことは全てプーミポン国王に関わることだった。だからどれほど国民がプーミポン国王を慕い、悲しみにくれているかも想像できた。
2017年4月からバンコクに住み、その年の10月にあった葬儀はテレビで見た。そしてその葬儀会場もその年末まで公開されていたので、2回見学に行った。タイのお寺や観光地はどこでも外国人料金があるのだが、この時は外国人でも無料だった。
これほど美しい建物なのに、今はもうない。王宮前広場に作られたのだが、年末まで公開されたあと撤去された。この横の建物は博物館のようになっていて、ラーマ9世の業績を辿ったパネルや私物が展示されていた。この古いコンピューターは、いつまで使われていたんだろう。
ラーマ9世は写真を撮るのがお好きだったそうだ。このご愛用のキャノンのカメラで、ご家族の写真も撮られていたのだろうか。
いろいろな写真が展示されている中で、印象的だったものがある。シリキット王妃とボートに乗られているものだ。一国の国王が、こんな普通のボートにご夫妻だけで乗るなんてと、不思議な気がした。
ラーマ9世が国の父と慕われたのは、「王室プロジェクト」と呼ばれる地方経済の活性化プログラムをご自身で指導推進され、また王妃とご一緒に地方視察に頻繁に行かれて、泥や雨に濡れながらも、人々の間に積極的に入っていかれたからだ。国民は、それまで天上の人」、神に近い存在だった国王を、初めて自分たちの身近な人間だと感じられたと言われている。
学生たちに、「尊敬する人」をあげさせると、プーミポン国王と答える子もいる。今のほとんどのタイ人にとって、生まれてからずっとプーミポン国王だったのだから、当然かもしれない。
今日は、大学、病院、コンドミニアムと、ラーマ9世を偲ぶラインが来た。ネット上もテレビもラーマ9世のことがたくさん取り上げられている。あらためて、人々から愛された王様だったのだと実感する。

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