タイはついに開国ということで、私も今月はいろいろ出かけようと思っている。今日は、友人夫妻とチャイナタウンでお昼を食べ、サオチンチャーとワットスタットを見に行った。フカヒレで有名な和成豊(フアセンホン)に行ったのだが、平日のお昼のせいか、お客は少なかった。でもヤワラート通りはかなり交通量が多く、人もまあまあ歩いていた。と言っても以前の賑わいには程遠い。

食後MRTを一駅乗ってサームヨート駅で下り、歩いてサオチンチャーに向かった。バンコクに住みだして1年目の終わりくらいに、このあたりのお寺を見て回ったのだが、もう3年前になる。
ワット・スタットはその前にあるのだが、正面の門が開いていない。とりあえずぐるっと回ると一か所開いていたが、中に入ると警備員の人にだめだと追い出された。横をお坊さんが通られたのだが、そのお1人が「5日から」と教えてくださった。ワットプラケオは1日からオープンとニュースで言っていたのに、ここはまだなんだ。
友人がワット・スタットからサオチンチャーの左斜め向こうにあるテェーワサターンというヒンズー教寺院に行きたいと言う。ここにはちょっと変わったガネーシュ像があるそうだ。でも境内にはいれたものの、いくつかのお堂はすべて鍵がかかっていて入れなかった。やはりまだ公開していないようだ。
でも左手に何か展示室があり、ガラス越しに見えたのはサオチンチャーの模型だった。ガラス戸を引くと入れたので、見学してみた。ただ説明はすべてタイ語だったので、読む気力は起きなかった。
サオチンチャーはヒンズー教のシヴァ神にささげるために作られた大ブランコの支柱で高さは21m、1784年に作られたそうだ。1935年までは、毎年旧暦の2月にバラモン教の司祭がブランコに乗り、前に建てられた竿の先にあるお金入りの袋を口で取るという行事があった。でも司祭が落ちて亡くなることがあり、ラーマ7世によって中止されたとのこと。
宗教行事とはいえ、こんなことに命をかけていたバラモン教の司祭って、何を考えていたんだろう。ラーマ7世の決定は本当に正しかったと思う。落ちていく司祭を見ている人たちの気がしれない。
前にサオチンチャーを見たとき、この話は知っていたものの、ブランコというから椅子のようなものがぶら下がっていたのかと思っていた。私の頭の中には、遊園地の回転ブランコのようなものが浮かんでいたのだ。でも実際には手すりもない板の上に4人が乗って、自分たちでバランスを取りながら漕ぐという、危険極まりないものだった。
行ったことのある場所でも新たな発見があるものだなと思う。だから当分行っていない旧市街のお寺も、またゆっくり回りたいと思う。

久しぶりに食べたフカヒレ、美味しかった

食後MRTを一駅乗ってサームヨート駅で下り、歩いてサオチンチャーに向かった。バンコクに住みだして1年目の終わりくらいに、このあたりのお寺を見て回ったのだが、もう3年前になる。
ワット・スタットはその前にあるのだが、正面の門が開いていない。とりあえずぐるっと回ると一か所開いていたが、中に入ると警備員の人にだめだと追い出された。横をお坊さんが通られたのだが、そのお1人が「5日から」と教えてくださった。ワットプラケオは1日からオープンとニュースで言っていたのに、ここはまだなんだ。
友人がワット・スタットからサオチンチャーの左斜め向こうにあるテェーワサターンというヒンズー教寺院に行きたいと言う。ここにはちょっと変わったガネーシュ像があるそうだ。でも境内にはいれたものの、いくつかのお堂はすべて鍵がかかっていて入れなかった。やはりまだ公開していないようだ。
でも左手に何か展示室があり、ガラス越しに見えたのはサオチンチャーの模型だった。ガラス戸を引くと入れたので、見学してみた。ただ説明はすべてタイ語だったので、読む気力は起きなかった。
サオチンチャーはヒンズー教のシヴァ神にささげるために作られた大ブランコの支柱で高さは21m、1784年に作られたそうだ。1935年までは、毎年旧暦の2月にバラモン教の司祭がブランコに乗り、前に建てられた竿の先にあるお金入りの袋を口で取るという行事があった。でも司祭が落ちて亡くなることがあり、ラーマ7世によって中止されたとのこと。
これが当時の様子を現した模型、ブランコの大きさが正確ではないと思う
実際にブランコを吊り下げていた縄
実際の様子の写真、いやこれだと落ちるのは当然でしょう
宗教行事とはいえ、こんなことに命をかけていたバラモン教の司祭って、何を考えていたんだろう。ラーマ7世の決定は本当に正しかったと思う。落ちていく司祭を見ている人たちの気がしれない。
前にサオチンチャーを見たとき、この話は知っていたものの、ブランコというから椅子のようなものがぶら下がっていたのかと思っていた。私の頭の中には、遊園地の回転ブランコのようなものが浮かんでいたのだ。でも実際には手すりもない板の上に4人が乗って、自分たちでバランスを取りながら漕ぐという、危険極まりないものだった。
行ったことのある場所でも新たな発見があるものだなと思う。だから当分行っていない旧市街のお寺も、またゆっくり回りたいと思う。
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サオチンチャーは外を車でぐるっと回ったぐらいかなあ、それももうずいぶん昔のことで何がなにやら、みたいな感じです。
昔の宗教行事って、洋の東西を問わずちょっと残酷なものが多いですよね。そこまでするというのが深い宗教心の表示、みたいな感じだったんでしょうか。私にはとてもムリ...(^^;)。
nakko
が
しました