ランプーンへ行った一番の目的は、ハリプーンチャイ博物館を見る事だった。前に行ったときは、改修中で入れなかったからだ。行ってみると、中はかなり整備されて見やすかった。私以外の見学者は誰もおらず、本館を見終わった後、インターンシップの学生さんが、わざわざ別館へも連れていってくれた。

 ランプーンには、6,7世紀から11世紀ごろまで栄えたドヴァーラヴァティ期の仏像や仏塔が残っている。チェンマイのランナー王国は11世紀から18世紀ごろなので、それ以前のものだ。

 タイの美術史区分としては以下のようになっている。
*ドヴァーラヴァティ美術(6,7世紀〜11世紀)
*ロッブリー美術(7世紀〜13世紀)
*チェンセーン(ランナー)美術(11世紀〜18世紀)
*スコータイ美術(13世紀〜15世紀)
*ウートン美術(12世紀〜15世紀)
*アユタヤ美術(14世紀〜18世紀)
*バンコク美術(18世紀終わり頃〜)

 ということなので、この博物館にあるこの仏頭は、タイ美術の中ではかなり古いものになる。ドヴァーラヴァティ美術はインドの影響が大きく、仏像のお顔もインドの仏像に似ているそうだ。

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 他にもいろいろと展示があり、お寺や仏塔についての説明や、ビデオもあった。私が気づかなかったので、途中でインターンシップの学生が、ビデオをつけに来てくれた。

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 そしてこの博物館の目玉は、碑文だ。これだけでなく、メインの建物の1階には、いくつもの碑文が置かれていた。

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 ハリプンチャイ王国は、チャーム・テーウィと呼ばれる姫が当時モン族のドヴァーラヴァティー王国が治めるラヴォ(現在のロッブリー)にいたが、その父によってラムプーンに送られて来たことによって661年国が成立したと言われている。だからこの地に残っている碑文は、モン文字が使われている。

これはモン文字とタイ文字の対応表
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 ハリプンチャイ王国は13世紀初めに、ランナー王国初代王となったマンラーイ王に支配されるまでは、モン族の国だった。今この地に住んでいる人たちも、そのモン族の血を受け継いだ人がいるのだろうか。でも800年も過ぎた今となっては、血筋を辿ることは難しいのだろうなあ。

 博物館を出て、前回書いたバミーのお店で昼食を食べた。その後で、ランプーンの一番の名所ともいえるワット・プラタート・ハリプンチャイへ行った。ちょうど博物館の向かいにある。昼になり、日差しがかなり厳しくなってきて、それでちょっと辛い目にあったのだが、それはまた次回に。
 


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