何度も書くが、私の帰国理由は母だ。夫は一人暮らしでも平気なので、タイと日本が行き来でき、お互いに年に2,3回1ヶ月ほど一緒にいればいいと思っている(はずだ)。
母はまだ一人で普通の生活をすることができる。食事を作り、洗濯をし、庭の水撒きもしている。そして目のつく範囲の掃除もしている。でもそれは目先のことだけで、整理整頓はできなくなっている。
もともと買い物が好きな人だった。幼い頃に戦争体験もしているせいか、生活が楽になった私の中学時代の頃からは、冷蔵庫の中はいつもたくさんの食料が入っていた。弟も私も結婚して、父と二人暮らしになっても、いつも大型冷蔵庫を使っていた。そして今の冷蔵庫は500L以上入るものだ。
5年前、タイに来る前にかなり冷蔵庫を整理した。棚ごとに分類し、100均で買ってきた取っ手付きのケースに入れて、中身を書いたシールを貼った。当時は父も元気だったので、父だけが使うものは分けてケースに入れた。
コロナ前の一時帰国の時は、それほどゆっくり実家に戻ることもなかったので、冷蔵庫はあまり見ないままだった。そして今回、冷蔵庫を開けてみて唖然とした。開けた瞬間に、いくつかのものが落ちてきた。あまりにもいっぱいで、それがどこに入っていたのかわからない。
元々、冷凍庫が満タンなのは知っていた。でもショックだったのは、野菜室であるはずの一番下の大きな引き出しが、いろいろな物に埋め尽くされ、野菜なんて片手分のスペースしか占めていなかったことだ。
本当によくここまでほっておいたものだと、言葉を失った。でも弟や義妹を責めるわけにはいかない。母は、一応一人で何でもしているのだから、口を出しても言い訳が返ってくるだけだ。
でも娘の立場は強い。私は3日間ほどかけて(と言っても一回3,4時間)、冷蔵庫から大量の食品(だったもの・・・もある)を処分した。たぶん45Lのゴミ袋で5袋は捨てたと思う。一番大変だったのは、何かが入ったビンだった。合計40個以上のビンを家に持ち帰り、ゴミの日の前日に中身を出して、ビンを洗った。
まだ許せるものとしては、2年前に賞味期限の切れたジャム、去年のサケフレーク、いつのかわからない塩こぶや佃煮(これらは、腐った臭いではなかった)。でも泣きたくなるのは、母が好きなスモークサーモンと玉ねぎのオリーブオイル漬け。1袋を買って食べきれずオイル漬けにして、作ったことも忘れてしまったのだろう。これが4瓶もあった。
冷凍食品は、一番上にあったもの以外は、ほとんど日付も確認せずに捨てた。いちいち確認していたら、私の身が持たない。食べ物を無駄にするな、お米は一粒も残すなと小さい頃に叩き込まれたが、そんなことを言っていたら、母の冷蔵庫は一生片付かない。
冷蔵庫や冷凍庫に、未開封のコーヒー豆やお茶がたくさんあった。母はずっと茶道、華道を家で教えていたので、お弟子さんたちに出す必要もあったし、また貰い物も多かったと思う。未開封なら味は落ちても飲めるだろうと、それらは我が家の冷凍庫へ移動した。
今回気づいたことは、中身がすぐ見えないカゴに入れてしまうと、母はすぐに忘れてしまうので、その整理は逆効果だ。すぐに食べる必要があるものは、目線の位置になる棚に集めた。そして母には、「この3段目から、毎日何かを食べてね」と言っておいた。
母の冷蔵庫の整理をして、私自身もバンコクの家の冷蔵庫は最後まで一杯だったなと思い出した。だからチェンマイにダンボールで一箱分の食料を送るハメになったのだ。冷蔵庫に詰めまくるのは遺伝かもしれない。
今の家の冷蔵庫は、まだそれほど詰まっていない。以前より調味料も減ったし、一度に買ってくる量も減った。以前はフルタイムで働いていたので、どうしても買いだめが必要だったのだ。でも毎日が日曜日の身としては、必要なものだけ少しずつ買いに行けばいい。
実家の断捨離はまだまだ続く。同時に自分の家も断捨離中なので、帰国以来私の生活のかなりが、物を整理し捨てることに費やしている。タイとも旅行とも関係のないトピックで、興味のない方に、読んでいただいて申し訳ないが、還暦を過ぎた世代には親の家の片づけは誰でも必要になるときも来るので、もし興味を持ってもらえたらうれしいと思う。
母はまだ一人で普通の生活をすることができる。食事を作り、洗濯をし、庭の水撒きもしている。そして目のつく範囲の掃除もしている。でもそれは目先のことだけで、整理整頓はできなくなっている。
もともと買い物が好きな人だった。幼い頃に戦争体験もしているせいか、生活が楽になった私の中学時代の頃からは、冷蔵庫の中はいつもたくさんの食料が入っていた。弟も私も結婚して、父と二人暮らしになっても、いつも大型冷蔵庫を使っていた。そして今の冷蔵庫は500L以上入るものだ。
5年前、タイに来る前にかなり冷蔵庫を整理した。棚ごとに分類し、100均で買ってきた取っ手付きのケースに入れて、中身を書いたシールを貼った。当時は父も元気だったので、父だけが使うものは分けてケースに入れた。
コロナ前の一時帰国の時は、それほどゆっくり実家に戻ることもなかったので、冷蔵庫はあまり見ないままだった。そして今回、冷蔵庫を開けてみて唖然とした。開けた瞬間に、いくつかのものが落ちてきた。あまりにもいっぱいで、それがどこに入っていたのかわからない。
元々、冷凍庫が満タンなのは知っていた。でもショックだったのは、野菜室であるはずの一番下の大きな引き出しが、いろいろな物に埋め尽くされ、野菜なんて片手分のスペースしか占めていなかったことだ。
本当によくここまでほっておいたものだと、言葉を失った。でも弟や義妹を責めるわけにはいかない。母は、一応一人で何でもしているのだから、口を出しても言い訳が返ってくるだけだ。
でも娘の立場は強い。私は3日間ほどかけて(と言っても一回3,4時間)、冷蔵庫から大量の食品(だったもの・・・もある)を処分した。たぶん45Lのゴミ袋で5袋は捨てたと思う。一番大変だったのは、何かが入ったビンだった。合計40個以上のビンを家に持ち帰り、ゴミの日の前日に中身を出して、ビンを洗った。
まだ許せるものとしては、2年前に賞味期限の切れたジャム、去年のサケフレーク、いつのかわからない塩こぶや佃煮(これらは、腐った臭いではなかった)。でも泣きたくなるのは、母が好きなスモークサーモンと玉ねぎのオリーブオイル漬け。1袋を買って食べきれずオイル漬けにして、作ったことも忘れてしまったのだろう。これが4瓶もあった。
冷凍食品は、一番上にあったもの以外は、ほとんど日付も確認せずに捨てた。いちいち確認していたら、私の身が持たない。食べ物を無駄にするな、お米は一粒も残すなと小さい頃に叩き込まれたが、そんなことを言っていたら、母の冷蔵庫は一生片付かない。
冷蔵庫や冷凍庫に、未開封のコーヒー豆やお茶がたくさんあった。母はずっと茶道、華道を家で教えていたので、お弟子さんたちに出す必要もあったし、また貰い物も多かったと思う。未開封なら味は落ちても飲めるだろうと、それらは我が家の冷凍庫へ移動した。
何とか見られるようになった冷蔵庫上段
今回気づいたことは、中身がすぐ見えないカゴに入れてしまうと、母はすぐに忘れてしまうので、その整理は逆効果だ。すぐに食べる必要があるものは、目線の位置になる棚に集めた。そして母には、「この3段目から、毎日何かを食べてね」と言っておいた。
母の冷蔵庫の整理をして、私自身もバンコクの家の冷蔵庫は最後まで一杯だったなと思い出した。だからチェンマイにダンボールで一箱分の食料を送るハメになったのだ。冷蔵庫に詰めまくるのは遺伝かもしれない。
今の家の冷蔵庫は、まだそれほど詰まっていない。以前より調味料も減ったし、一度に買ってくる量も減った。以前はフルタイムで働いていたので、どうしても買いだめが必要だったのだ。でも毎日が日曜日の身としては、必要なものだけ少しずつ買いに行けばいい。
実家の断捨離はまだまだ続く。同時に自分の家も断捨離中なので、帰国以来私の生活のかなりが、物を整理し捨てることに費やしている。タイとも旅行とも関係のないトピックで、興味のない方に、読んでいただいて申し訳ないが、還暦を過ぎた世代には親の家の片づけは誰でも必要になるときも来るので、もし興味を持ってもらえたらうれしいと思う。
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昨日実家について、家の冷蔵庫がまさにその状態なのでよくわかります…(~_~)。
何かがいつもつまってるのに、その日食べるものは別に買うんですよ。
もう、何がなにやら…。片付けたいですが、父もかなり頑固なので手を出せないんですよ、今のところ(T_T)。
nakko
がしました