2019年10月31日、バンコクの部屋でネットニュースを見ていると、「首里城炎上」という言葉が飛び込んできた。いくつかのサイトで炎上している首里城の映像が映し出され、唖然となった。なぜ?まさか放火じゃないよね。そう思ったのは、2009年にソウルの東大門が放火により消失した事件を思い出したからだ。

 結論から言うと、原因は正殿1階の電気系統のトラブルが有力視されると言われている。でも結局は不明のままだ。少なくとも悪意のある人の手でなくてよかったと思う。首里城を訪れたのは1回だけだが、美しい正殿ははっきりと覚えている。それがiPad画面に映る炎の中にあることが信じられなかった。

 再建工事が進んでいることは知っていた。でもそれがいつ終わるかは知らなかったので、その再建中の首里城を見ておきたいと思った。

 玉陵から歩いて数分、総合案内所でパンフレットをもらい、守礼門へ。

守礼門
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「首里城の歴史」ーパンフレットより抜粋
首里城は14世紀頃に創建された琉球王国最大の木造建築物。国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、王国当地の行政機関「首里王府」の本部でもあり、さらに各地に配置されて神女たちが通じて、王国祭祀を運営する宗教上のネットワークの拠点でもあった。

ここも当然世界遺産
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歓会門を通り・・・
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広福門にある発見所で入場券(400円)を買い、この奉神門を通って有料地域へ
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この日は曇りだったのではっきりしないが、晴れているときは海も見える
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修復工事が行われている展示室には、再建後の正殿の絵が描かれていた
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焼け残ったものが展示されている
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原木からの加工方法の説明 大変だなと実感する
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再建中の屋根
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 ネットで調べる中で、Youtubeで当時のニュースを見た。深夜の発火だったため、翌朝、崩れ落ちた首里城を見て、涙ぐむ人がたくさんおられた。 その日、学校は1時間遅れで始業したそうだが、近くの小学校では、泣きながら登校する子どももいたようだ。

 首里城は今回以前にも4回消失していて、1945年の沖縄戦で壊滅的な被害を受けた。戦後、それが再建され、今の沖縄の人の記憶にあるのはその姿だ。だから首里城は戦後復興の象徴でもあったのだと思う。そして沖縄の人にとって、いろいろな意味で、首里城は沖縄人の心の拠り所であるのかもしれない。
 
 2026年秋に再建工事が終了する予定とのことだ。また来年も再建中の首里城を見に来て、再来年に、再建した首里城を見にきたいと思う。


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