クレカ不正使用のせいで、沖縄の旅からは随分遠ざかってしまった。実はまだ観光初日の目玉のひとつが残っている。それが、この浦添グスクと浦添ようどれだ。
沖縄の言葉は本当に面白い。グスクってなんだと思ったら、PCでもグスク=城と変換されたので、知っている人も多いのだろうか。しかも浦添は「うらぞえ」と思っていたら「うらそえ」だった。
「ハクソー・リッジ」という映画の題名は聞いたことがあった。でも見る機会がなかったので、内容も全く知らない。このボードをみた時、それが沖縄戦を舞台にした映画ということを初めて知った。
さてこのタイトルにもした「ようどれ」とは何か。本当に沖縄の言葉は難しい。言葉からは全く予想できなかった。
ここは、琉球王国初期の王陵で1265年から1274年の英祖王が築いたそうだ。その後1620年に浦添出身の尚寧王が改修し、王自身も葬られた。
沖縄戦でここは壊滅し、戦後修復が開始されて、2005年にようやく復元が終了した。
那覇の近郊には、琉球王国の歴史と戦争の歴史が残る場所がたくさんある。今回あらためてそれを感じた。
沖縄の言葉は本当に面白い。グスクってなんだと思ったら、PCでもグスク=城と変換されたので、知っている人も多いのだろうか。しかも浦添は「うらぞえ」と思っていたら「うらそえ」だった。
ゆいレールの「首里」から乗って7分、「浦添前田」駅で降り、やはり7分程度歩いて「浦添大公園南エントランス展示室」に着いた。無人だが、地図やパンフレットが置いてある。それによると、浦添大公園は、歴史学習ゾーンと憩いの広場ゾーンに分かれる大きな公園で、私が今日目指すのは、歴史ゾーンにある浦添グスクと浦添ようどれ。
展示室の横に階段があり、そこを上がっていくと、沖縄ではよく見かける石畳の道に出た。実はここは小高い丘になっており、標高150m。だからこの坂も意外にきつい。
展示室の横に階段があり、そこを上がっていくと、沖縄ではよく見かける石畳の道に出た。実はここは小高い丘になっており、標高150m。だからこの坂も意外にきつい。
浦添城の前の碑
ずっと坂道を歩いていくと、見晴らしのいい場所に出た
上から見える市街地
「ハクソー・リッジ」という映画の題名は聞いたことがあった。でも見る機会がなかったので、内容も全く知らない。このボードをみた時、それが沖縄戦を舞台にした映画ということを初めて知った。
ディーグガマ
鍾乳洞が陥没してできた窪地で、戦時中、住民の避難壕として使われた
さてこのタイトルにもした「ようどれ」とは何か。本当に沖縄の言葉は難しい。言葉からは全く予想できなかった。
ここは、琉球王国初期の王陵で1265年から1274年の英祖王が築いたそうだ。その後1620年に浦添出身の尚寧王が改修し、王自身も葬られた。
沖縄戦でここは壊滅し、戦後修復が開始されて、2005年にようやく復元が終了した。
丘の下からみた浦添ようどれ
戦前の写真がおいてあった
浦添グスクようどれ館という小さな博物館
この日、博物館の日ということで無料だった
実物大で再現されたようどれの西室
英祖王陵 発掘当時の模型
那覇の近郊には、琉球王国の歴史と戦争の歴史が残る場所がたくさんある。今回あらためてそれを感じた。
これはまた珍しい場所ですね(^^)/。沖縄は中国に近いかと思っても、言葉の面ではそんなに近くないし(中国の南方方言かもしれませんが)、やっぱり独特な文化なんだなあ、と。
そういえば、日本の古墳の多くは昔の天皇陵だったことから中の見学はできないんですが、沖縄は入れるんだ、とそこにも何となく違いを感じました。
nakko
が
しました