昨日1993年に制定された技能実習制度がようやく、改正(?)され、新たに育成就労制度が可決成立したことを書いた。自分自身がある程度わかっているが、知らない人にとっては、わかりにくい文章だったようだ。少し付け加えておく。

技能実習制度の特徴
*日本語能力の試験などはない。話せなくても希望することはできる。
*1号(1年目)2号(2,3年目)3号(4,5年目)と移るが、2号では実技と日本語、3号では実技の試験が必須。
*5年間が最長。

 育成就労制度では、最初から日本語能力が必要であり、1年で転籍可能、また5年ほど経過後、分野によっては、永住権取得の可能性がある。

 先日の裁判所見学で、最後に傍聴したのが、技能実習生の入管法違反の裁判だった。前の裁判が遅れたので、予定時間より15分ほど遅れてその裁判が始まった。被告は綱でつながれ、二人の刑務官に挟まれて入ってきた。席につく前に綱はほどかれて、刑務官が両サイドに座った。裁判官席の前に、通訳の方が座っていた。

 最初の通訳の方の言葉で、ベトナム語だとわかった。検察官の公訴事実を聞いて、技能実習生の資格を失ったあと、そこから逃げて、大阪で働いていたところを、路上で職務質問を受け発覚したようだ。

 でも弁護士の説明によると、彼にはいろいろと理由があった。上記に触れたように、実習生は、1年間の技能実習が終わった後も働きたければ、技能実習2号に移行することでさらに2年間滞在することができる。でもそのためには、1号終了後に技能検定基礎級相当の学科や実技試験に合格し、移行の手続きをしなければならないが、彼はその試験を受けなかった。

「なぜ、試験を受けなかったのですか」という弁護士に、「同僚がコロナになったから」と答えた。そして彼が日本で働きたかったのは、ベトナムにいる父親が病気になり、父母と姉に送金したいと思ったからと言った。

 そのお姉さんからの手紙が翻訳されて読み上げられた。両親思いの弟を心配し、ベトナムに戻ってこれるように祈っているとのことだった。被告にはイヤホンを通じてベトナム語で読み上げられたので、下を向いて涙をぬぐっている様子が見られた。

 同僚がコロナであれば、外出も認められなかったかもしれない。その時の事情は詳しく語られなかったが、コロナ禍であればベトナムに帰ることも難しかったのではないか。

 コロナ禍のタイでは、短期ビザ保持者には、自動的にビザ延長が認められた。少し調べてみると、技能実習は4ヶ月の延長が認められたようだ。(ただし、正確な情報かどうか確信はない)彼は、このことを知らなかったのだろうか。また雇用先も、この情報をきっちり伝えていたのだろうか。

 結局、技能実習生としてのビザが切れ、彼は逃げ出して大阪へきた。それまでしていたバイク修理ではなく、解体作業の仕事を見つけたようだ。
「資格がないことを、聞かれなかったんですか?」という検察官の問いに、「聞かれて雇ってもらえなかったところもあるし、聞かれないところもありました」と答えた。
 つまり不法就労とわかっていても、労働力が必要なところがまだまだあるということだ。

 検察官は実刑判決を要求し、弁護士は執行猶予をと言っている。判決は2週間後に出る。その2週間後が旅行の直前のため、行くべきかどうかずっと悩んでいる。さあどうしよう。


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