最近、旅行記が忙しすぎて、あまり母のことを書いていなかった。2年前にタイからの帰国を決めたのは母のためだ。去年は冬に2か月日本を留守にしても大丈夫と思ったが、今年は、4月に2カ月ぶりに母の家に行ったとき、もう1か月程度しか無理かなと感じた。
まだルーティーンの日常生活は一人でやっていける。でも2年前の初めての介護認定が要支援1で、昨年9月に要介護1になったのは、認知能力がかなり落ちてきているからだ。いろいろなものの管理ができなくなっている。
だから何かしらややこしいと思ったらすぐ電話がかかってくる。日本にいるときは、なるべく1週間に1度は行くようにしているのだが、週末に用事が入ると、10日ほど空いてしまうこともある。でも3日ほど前に電話があり、今回は「保険屋さんが、会いたがっている」とかいう理由で呼び出された。
保険屋さんの理由は、母が前にした積立保険の利率が悪いので、すこし足していい利率のものに変えないかという話だった。30万円ほど追加しなくてはならないが、5年で元が取れるそうで、利子が今の1.5倍ほどになるという。母はたぶん長年のつきあいの保険屋さんの顔を立ててあげたいのだろう。「それやったらかめへんよ」という。
少し私も考えたが、まあ母はきっと後5年くらい生きるだろうし、保険屋さんにいい顔をしたいという気持ちを優先させてあげればいいかという気持ちになった。最近思うのだが、年を取れば取るほど、人間は承認欲求が強くなるのではないだろうか。人間関係が希薄になり、出会う機会、話す機会が減れば、人から認められることもなくなる。だから訪問販売とかでも、褒められてその気になってしまうのじゃないだろうか。
それと今回は、ちょっと名前を忘れてしまったが、後見人か指定代理人か、その制度を使って弟や私でも手続きができるようにしてもらったことがメリットだった。母は自分がどんな保険をかけているかも覚えていないし、たぶん今回のことも忘れてしまうだろう。
家の中も、この2年間でずいぶん片付けてきたが、少しずつやっていかなくてはと思う。今はまだ身体は大丈夫な方だが、もし怪我でもしたら、もう一人暮らしが無理になるかもしれない。
保険屋さんが帰ったあと、母に「晩ごはん、何がいい?」と聞くと、「うなぎがいいかな」という。えっ?そろそろ土用の丑の日?と思うとドンピシャだった。きっとテレビでその話題をたくさん聞いて、そんなふうに言ったのだろう。
「じゃあお母さん、散歩がわりにスーパー行こう」と声をかけた。車でいつものスーパーまで行き、ひまつぶしも兼ねて、日頃母が見ない「セリエ(100均)」とかもじっくり見て、うなぎも買って、途中で少し休憩して帰宅した。
魚売り場で焼いていたうなぎは美味しかった(写真を撮るのは忘れた)。忘れられそうになっていた冷蔵庫のブロッコリーを茹で、残り野菜を適当にいれた味噌汁を作った。そして二人でテレビのニュースを見ながら食べた。
今日は、母にそれほどイライラしなくて済んだ。実は先週来たときに、母が急に「私、留め袖レンタルするんやね」といい出して、ムカッときたのだ。このことは何度も話題にしていて、母は自分の留め袖を持ち込むと言っていたのだ。忘れたらいけないので、すでに留め袖と帯は預かって、私の着物と一緒に保管してある。なのに、いきなり「レンタルする」とはどういうこと?
たぶん暑くなってきて、留め袖の後始末ができないと思ったのだろう。あわてて長女に電話をして、レンタル衣装の店に電話をして、何とか間に合った。この日はかなりイライラして、「お母さん、招待状の封筒に留め袖はレンタルするって書いといて!」と叫んでしまった。
この2年間にも母は身体的にも弱くなり、物忘れはかなりひどくなった。今後良くなることは決してないとはわかっている。だからこそ優しくしなければと思いながら、できない自分に葛藤している。だから昨日のように、穏やかに過ごせた日は、帰るときも心が暖かかった。
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まだルーティーンの日常生活は一人でやっていける。でも2年前の初めての介護認定が要支援1で、昨年9月に要介護1になったのは、認知能力がかなり落ちてきているからだ。いろいろなものの管理ができなくなっている。
だから何かしらややこしいと思ったらすぐ電話がかかってくる。日本にいるときは、なるべく1週間に1度は行くようにしているのだが、週末に用事が入ると、10日ほど空いてしまうこともある。でも3日ほど前に電話があり、今回は「保険屋さんが、会いたがっている」とかいう理由で呼び出された。
保険屋さんの理由は、母が前にした積立保険の利率が悪いので、すこし足していい利率のものに変えないかという話だった。30万円ほど追加しなくてはならないが、5年で元が取れるそうで、利子が今の1.5倍ほどになるという。母はたぶん長年のつきあいの保険屋さんの顔を立ててあげたいのだろう。「それやったらかめへんよ」という。
少し私も考えたが、まあ母はきっと後5年くらい生きるだろうし、保険屋さんにいい顔をしたいという気持ちを優先させてあげればいいかという気持ちになった。最近思うのだが、年を取れば取るほど、人間は承認欲求が強くなるのではないだろうか。人間関係が希薄になり、出会う機会、話す機会が減れば、人から認められることもなくなる。だから訪問販売とかでも、褒められてその気になってしまうのじゃないだろうか。
それと今回は、ちょっと名前を忘れてしまったが、後見人か指定代理人か、その制度を使って弟や私でも手続きができるようにしてもらったことがメリットだった。母は自分がどんな保険をかけているかも覚えていないし、たぶん今回のことも忘れてしまうだろう。
家の中も、この2年間でずいぶん片付けてきたが、少しずつやっていかなくてはと思う。今はまだ身体は大丈夫な方だが、もし怪我でもしたら、もう一人暮らしが無理になるかもしれない。
保険屋さんが帰ったあと、母に「晩ごはん、何がいい?」と聞くと、「うなぎがいいかな」という。えっ?そろそろ土用の丑の日?と思うとドンピシャだった。きっとテレビでその話題をたくさん聞いて、そんなふうに言ったのだろう。
「じゃあお母さん、散歩がわりにスーパー行こう」と声をかけた。車でいつものスーパーまで行き、ひまつぶしも兼ねて、日頃母が見ない「セリエ(100均)」とかもじっくり見て、うなぎも買って、途中で少し休憩して帰宅した。
魚売り場で焼いていたうなぎは美味しかった(写真を撮るのは忘れた)。忘れられそうになっていた冷蔵庫のブロッコリーを茹で、残り野菜を適当にいれた味噌汁を作った。そして二人でテレビのニュースを見ながら食べた。
今日は、母にそれほどイライラしなくて済んだ。実は先週来たときに、母が急に「私、留め袖レンタルするんやね」といい出して、ムカッときたのだ。このことは何度も話題にしていて、母は自分の留め袖を持ち込むと言っていたのだ。忘れたらいけないので、すでに留め袖と帯は預かって、私の着物と一緒に保管してある。なのに、いきなり「レンタルする」とはどういうこと?
たぶん暑くなってきて、留め袖の後始末ができないと思ったのだろう。あわてて長女に電話をして、レンタル衣装の店に電話をして、何とか間に合った。この日はかなりイライラして、「お母さん、招待状の封筒に留め袖はレンタルするって書いといて!」と叫んでしまった。
この2年間にも母は身体的にも弱くなり、物忘れはかなりひどくなった。今後良くなることは決してないとはわかっている。だからこそ優しくしなければと思いながら、できない自分に葛藤している。だから昨日のように、穏やかに過ごせた日は、帰るときも心が暖かかった。
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お母さまもおいしかったんじゃないでしょうか、ウナギ。穏やかな気持ちで食べられて、良かったですよね(#^^#)。
私も最近さすがに両親の電話の対応とかで老いを強く感じさせられるようになってきました。いつまでも元気でいてほしいんですけどねえ…。
nakko
が
しました