バルト3国について十分な知識もなく、歴史的背景についてもまったく勉強せずに旅行を決めた私だったので、実際訪れてみて、旧ソ連時代の暗黒の歴史があったことを知りました。旧ソ連から独立した国々は、今もロシアと友好関係を保っている国もありますが、バルト3国では、「旧ソ連国家」という表現は禁止されています。
 
 「TBS NEWS」が2022年2月24日、「 旧ソ連のバルト三国共同声明 “ロシアをスウィフトから排除”呼びかけ」という内容のツイートを発信したとき、在日エストニア大使館の公式ツイッターアカウント「Estonia in japan」は、「TBSさん、またですか!?いいかげんに、その呼び方はやめていただきたい」と強く抗議されたそうです。(ウィキペディアより)

 私も、このタリンで訪れた「KGB拘置監房跡(KGB Vangikongid)」で、ソ連が行ったエストニア人への迫害を知りました。1941年から、KGBは「人民の敵」とされた市民を捕らえ、厳しい尋問の後に、収容所や処刑場に送りました。監獄として使われた建物は、20世紀初頭のアールヌーボー様式の美しい建物ですが、内部は悲惨な歴史が残っていました。

壁には、犠牲になった人々のプロフィールなどが掲示されていました
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生存者たちの証言がビデオで流されています
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独房 広い部分で1m
座って眠ることしかできなかったようです
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 この後、エストニア、リトアニアと行きましたが、やはりKGBの負の遺産がありました。日本人にはあまり知られていない歴史で、とても考えさせられました。

通りの間から見えたのは聖霊教会
当時ここだけは、貧しい人々のための教会でした
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 次に向かったのは13世紀前半に建てられた聖ニコラス(ニグリステ)教会です。1944年のソ連の空襲で破壊され、オリジナルの内装は残っていないそうです。現在ここは、博物館とパイプオルガンのコンサートホールとして使われています。

博物館なので見ごたえのある彫刻や絵がたくさんあります
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 ここにも4階(50m)の高さまでエレベーターで上がって、旧市街を眺められる塔がありました。先に登ったんですが、なぜか写真がありません。まあ高いところもすでに2回登ったので、少し見飽きたというか・・・。

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確かこれだけが塔の上から取った
アレクサンドル・ネフスキー聖堂
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ここの目玉はこの「死のダンス」
リューベックの画家、彫刻家のベルント・ノトケの15世紀後半の作品

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皇女がいやいやながら「死」とダンスを踊る様子
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この中心は皇帝
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こちらは教皇
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 元々は社会のあらゆる階層の人々と「死」が50以上描かれていたそうですが、残っているのは、その最初の部分のみです。戦乱と疫病の時代だった中世には、こんな「死のダンス」のモチーフがよく見られたそうです。

15世紀にヘルメン・ローテという人に描かれた木製の主祭壇
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 左側が船乗りや貧しい人を救う聖ニコラスの生涯、右側が異教の偶像を破壊し、殉職した聖ヴィクトルの生涯が描かれています。いつもこの形で展示されていますが、実はもう一面あり、開かれることはほとんどないそうです。

まだまだあります
でももう詳しい説明も写真に撮っていないのでわかりません

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土日には、このパイプオルガンを使ったコンサートが開かれます
この日は金曜日だったので、残念でした
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 まだ一日が終わりません。だらだら続きますが、あと1回で旧市街は終わると思います。
 
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