ラトビアの旧KGB本部で衝撃を受けた私は、リトアニアのKGB博物館にも行かなくてはと思っていました。ここは、旧市街の中心から1.5kmほど離れたところにあり、直通のバスもないので、歩いていきました。

 ビリニュスの旧KGB本部も民間業者によってKGB博物館(ジェノサイド犠牲者の博物館)として公開されています。正式名は「占領と解放闘争の博物館」というそうです。1944年から1991年までソ連の国家警察、秘密諜報機関KGBが行った盗聴や監禁の様子、拷問、処刑などに使われた部屋が保存、再現されていて、当時のKGBの所業を目の当たりにすることができます。

 ラトビア、リガの旧KGB本部は、予約制でツアーじゃないと入れなかったのですが、ここは開館時間であれば、いつでも見学できます。大人6ユーロの入館料でした。

外観はビリニュスの風景に融けこむような建物でした
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入口でもらったパンフレットです
地下1階、地上3階建てで、見学できるところは限られています

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KGBのオフィス
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奥のパイプのベンチのようなものがベッドですが、
横幅がとても狭いです

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本当に狭い独房
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シャワー室
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トイレ
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中庭も本当に狭い空間でした

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処刑された人たちの写真が残っていました

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この絵は囚人によって描かれたものだそうです

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ここから地下へ向かいます
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処刑場のあとです

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処刑までの様子を描いたビデオが流されていました

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  ここでは1000人以上の収容者たちが処刑されたそうです。処刑当日、リトアニア人たちは有無も言わさず次々と銃殺され、遺体は小さな窓から外へと運ばれ、ビリニュス郊外の集団墓地へ埋葬されていました。

モニターの横に、銃弾跡が残っています
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 リトアニアは第2次世界対戦時にはナチスから、戦後はソ連の支配下で、多くの人が殺されました。ヴィリニュスの前に立ち寄った十字架の丘は、そんなリトアニアの人たちが平和的な抵抗の象徴として十字架を建て続けた場所です。

 私は高校時代、「世界史」が大好きで、大国以外の国の歴史にも惹かれました。教科書以外にも、参考書や資料集を読みあさったのですが、バルト三国に関する記憶がありません。1991年の独立のときには、もう長女が産まれていて、東ヨーロッパで平和を求める闘いが行われていたことも知りませんでした。

 もちろん今ほど情報化社会でなかったのは事実ですが、もっと目を向けるべきだったなと思います。「ベルリンの壁」崩壊は大きなニュースで、実際、崩壊前のベルリンの壁を訪れたこともあり、そのニュースは必死で見た記憶があります。でもその後の旧ソ連の国々について、あまり知ろうとしなかったのです。

 ふと今の高校の世界史の教科書には、バルト三国のことは載っているのだろうかと気になりました。ただそれよりも、今の若い人には、世界情勢を客観的に見つめる力を養ってほしいと思います。