リガから向かったのは、リトアニアとの国境へ入ってすぐの北部地域の中心地シャウレイという町です。ここには「十字架の丘」という十字架で埋め尽くされた場所があるのです。その数は、リトアニアの人口よりも多いそうです。

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 私もネットでこんな写真を見て、興味を持ちました。この十字架の丘はリトアニアのシャウレイという町にあります。ラトビアのリガ、リトアニアのヴィリニュスの間(でもラトビアに近いです)にあるので、リガから南下してもヴィルニュスから北上しても行けますが、地球の歩き方に載っていた行き方を見ると、リガからの方がバスの時間が良かったので、バルト三国の順の決め手となりました。

 リガからシャウレイ行きは9時発で11時35分着。シャウレイからヴィルニュスは14時10分発で17時10分着。前もってネットでバスチケットを買いました。

 シャウレイのバスターミナルには荷物預り所があるとのことだったので、ターミナルに着いてすぐスーツケースを預けました。十字架の丘へ行くには、ローカルバスに15分乗って、そこから20分歩くか、タクシーで行くしか方法はありません。バス+Walkの時間も気力もなかったので、すぐ「Bolt」で呼びました。

 10分も待たず来てくれて、十字架の丘インフォーメーションセンターの前までで9ユーロでした。インフォーメーションの横で、十字架が売られています。
 
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私もこの一番人気の十字架を買い
裏に「願い」と家族の名前を書きました

 いよいよ十字架の丘へ入っていきます。遠目にも膨大な量の十字架が建てられているのがわかります。

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 入口のキリストが張り付けられた十字架の台座には、ここの説明が書いてありました。

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 とにかく十字架に圧倒されて、呆然としてしまいました。写真の説明もできないのですが、写真で雰囲気を想像してみてください。

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 ここは墓地ではありません。だからあるのは十字架だけです。最初の十字架は1831年のロシアに対する蜂起の後、処刑や流刑にされた人々の鎮魂のために建てられたそうです。

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 それから十字架の丘は、抑圧された民族、宗教の象徴とされてきました。ソ連時代、この丘は入ることを禁じられ、KGBと軍がブルドーザーで何度も十字架をなぎ倒し、焼き払いました。

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 でもリトアニアの人々は、夜に忍び込み、新たな十字架を建て続けたので、ソ連はここを水没させろとか発掘調査として丘を壊してしまえと命令したそうです。

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私の十字架はここにあります
もう2度と行くことがないかもしれませんが
木製の十字架で、私より長生きするんでしょうかねぇ

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 結局、リトアニアの人々はこの地を守り続け、今では観光地化したものの、やはり聖地としてリトアニア人にとっては大切な場所だということです。

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日本語も見つけました

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 これは、ヨハネ・パウロ二世の主導によって建てられたフランシスコ会修道院の一部だそうです。1997年に建てられたということですが、とても新しい建物に見えました。

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ちょっと同じような景色が続くだけなので、適当に止めてください。