足元地獄のパムッカレを堪能したあと、すぐ近くのヒエラポリス博物館に向かいました。古代都市ヒエラポリスの歴史は、紀元前2世紀にアッタロス朝(ペルガモン王国)の軍団居留地として築かれたことから始まります。温泉街として栄えるようになり、古代ローマに割譲されたのちに繁栄のピークを迎えます。そしてセルジューク朝の時に町は破壊されました。
行きたいと思っていた割には、あまりヒエロポリスのことは調べておらず、この博物館を見て、ここは「ローマ帝国」の遺跡だったことに気づきました。あらためてローマ帝国が広大な帝国であったこと、そしてローマ帝国の首都が一時期コンスタンティノープル,つまりイスタンブールだったことも思い出しました。そうはるか昔、大学受験に世界史を選んで勉強した時の記憶です。
展示されているものは、確かにイタリアやギリシャで見たものと似ています。
模様も神話に基づくものが多いのでしょうが、その知識もないので、すごく精密に作られているなあとかきれいだなあという程度の感想です。
博物館から少し坂を登っていくと、古代劇場があります。これまでにいくつかの国と場所で、古代劇場を見たことがありますが、このヒエロポリスのものは、現存する中でも、一番保存状態がよく、見応えがあると聞いたことがあったので、とてもたのしみにしていました。
ハドリアヌス帝によって2世紀に造られたもので、非常に保存状態が良く、15,000人を収容できました。
遺跡を見るのは面白いのですが、もうお昼ごろで、たぶん40度近い気温。さすがに歩き続けるのもつらくなってきました。
1354年に起きた大地震で、完全に廃墟となったそうですが、それから700年ちかく経っても、まだこの状態で残っているのが不思議です。
結局、博物館と円形劇場以外は、適当に見ながら歩きました。パムッカレの村の入口に着いたのが10時過ぎで、それからパムッカレとヒエロポリスを計4時間半ほど見学したのですが、やはり真夏の見学はかなり厳しいものがありました。でもずっと行きたいと思っていた場所なので、行けてよかったです。
ヒエロポリス博物館
行きたいと思っていた割には、あまりヒエロポリスのことは調べておらず、この博物館を見て、ここは「ローマ帝国」の遺跡だったことに気づきました。あらためてローマ帝国が広大な帝国であったこと、そしてローマ帝国の首都が一時期コンスタンティノープル,つまりイスタンブールだったことも思い出しました。そうはるか昔、大学受験に世界史を選んで勉強した時の記憶です。
展示されているものは、確かにイタリアやギリシャで見たものと似ています。
模様も神話に基づくものが多いのでしょうが、その知識もないので、すごく精密に作られているなあとかきれいだなあという程度の感想です。
博物館から少し坂を登っていくと、古代劇場があります。これまでにいくつかの国と場所で、古代劇場を見たことがありますが、このヒエロポリスのものは、現存する中でも、一番保存状態がよく、見応えがあると聞いたことがあったので、とてもたのしみにしていました。
ハドリアヌス帝によって2世紀に造られたもので、非常に保存状態が良く、15,000人を収容できました。
ギリシャの神々の像が残っています
円形劇場の横にあるアポロ神殿跡
遺跡を見るのは面白いのですが、もうお昼ごろで、たぶん40度近い気温。さすがに歩き続けるのもつらくなってきました。
1354年に起きた大地震で、完全に廃墟となったそうですが、それから700年ちかく経っても、まだこの状態で残っているのが不思議です。
奥に見えるのが、フロンティヌス門だそうです
結局、博物館と円形劇場以外は、適当に見ながら歩きました。パムッカレの村の入口に着いたのが10時過ぎで、それからパムッカレとヒエロポリスを計4時間半ほど見学したのですが、やはり真夏の見学はかなり厳しいものがありました。でもずっと行きたいと思っていた場所なので、行けてよかったです。
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