家(?)で一息ついて、午後もまた散歩に出かけました。まず向かったのは、「Cardboard Cathedral」と呼ばれている暫定大聖堂です。3年前にも訪れましたが、やはりここは逃すわけにはいきません。
2011年のクライストチャーチ地震で甚大な被害を受けたクライストチャーチ大聖堂は、2027年に再建完成と言われていますが、それまではその大聖堂から数ブロック離れた場所にあるここが暫定の大聖堂として使われています。かつての聖ヨハネ・バプテスト教会の跡地で、元の大聖堂まで歩いて7,8分程度でしょうか。
このCapboard Cathedralは、日本の建築家である坂茂氏がウォーレン・アンド・マホニー社と共同で設計し、2013年8月に一般公開されました。坂氏は無料でその仕事を引き受けられたそうです。この教会は、壁と屋根に90本以上の大きな段ボール筒を使用しているので、Capboard Cathedralと呼ばれています。
ホリデーシーズンでもないので、人もあまりいませんでした。でも私と入れ違いに入ってきたのは、日本人女性2人でした。
クライストチャーチの中心はそれほど大きくないので、適当に歩いていました。これはスタジアムでした。
そしてこの日最後に向かったのは、「Memorial Wall Christchurch」(カンタベリー地震国立慰霊碑)です。
2011年2月22日午後12時51分、クライストチャーチを中心とするカンタベリー地方でM6.3の大地震が起こり、日本人28名を含む185名の方が亡くなられました。2017年、エイボン川沿いに追悼のためのメモリアルウォール「Oi Manawa」が設置されました。
この静かで美しい川のほとりで、少しは亡くなった方たちの魂が慰められることを祈りました。
2011年のクライストチャーチ地震で甚大な被害を受けたクライストチャーチ大聖堂は、2027年に再建完成と言われていますが、それまではその大聖堂から数ブロック離れた場所にあるここが暫定の大聖堂として使われています。かつての聖ヨハネ・バプテスト教会の跡地で、元の大聖堂まで歩いて7,8分程度でしょうか。
2011年の大地震で崩壊した大聖堂の模型
このCapboard Cathedralは、日本の建築家である坂茂氏がウォーレン・アンド・マホニー社と共同で設計し、2013年8月に一般公開されました。坂氏は無料でその仕事を引き受けられたそうです。この教会は、壁と屋根に90本以上の大きな段ボール筒を使用しているので、Capboard Cathedralと呼ばれています。
ホリデーシーズンでもないので、人もあまりいませんでした。でも私と入れ違いに入ってきたのは、日本人女性2人でした。
クライストチャーチの中心はそれほど大きくないので、適当に歩いていました。これはスタジアムでした。
そしていろいろなところでウォールアートを見つけました
そしてこの日最後に向かったのは、「Memorial Wall Christchurch」(カンタベリー地震国立慰霊碑)です。
「追憶の橋」から少し南に行った川岸にあります
右側に大理石の壁が見えます
2011年2月22日午後12時51分、クライストチャーチを中心とするカンタベリー地方でM6.3の大地震が起こり、日本人28名を含む185名の方が亡くなられました。2017年、エイボン川沿いに追悼のためのメモリアルウォール「Oi Manawa」が設置されました。
この壁に地震で亡くなられたニュージーランド人、中国人、日本人、フィリピン人、タイ人など、多国籍の方々185名の名前が刻まれています。その名前は、英語名の他に母国語でも記されていました。日本人28名の名前の後は、タイ人の方々でした。
この静かで美しい川のほとりで、少しは亡くなった方たちの魂が慰められることを祈りました。
「Citizen's War Memorial」第一次世界大戦の記念碑
左に見せるのが、再建中の大聖堂(正面には写真が貼られています)
鉄柵で囲まれているのですが、その隙間から撮りました
写真を撮っていると、すぐ横をトラムが通り過ぎて、ヒヤッとしました
娘が食べたがった生サーモンを買ってきました
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そういえば2011年の地震の件、うっすら覚えています。その後東日本大震災があり、タイは大洪水となり、考えれば2011年というのはやっぱり世界的に天災の多い年だったのですね…。何か関連があったのでしょうか。
厚切りのサーモン、焼くのかと思ったらお刺身(#^^#)!さすがです!!
nakko
が
しました