google-site-verification=O9h17fJGk1A5FQlfgyImCO5Z6jWMmyfZS9djnrInQjI

がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

退院後

術後3ヶ月[2019/07/03]

 術後2ヶ月目から3ヶ月目にかけては、まだ授業が始まる前に娘が遊びに来て、知人の結婚式に出席したり、アユタヤへ行ったりと、手術を受けたことなど思い出さないほど快調に過ごしていた。でも本格的に授業が始まった頃から、また咳が出るようになった。咳止めを飲むほどではないが、喉の奥の方が少し痛いことも、ずっと気になっていた。でも3ヶ月半の時期に検診が入っていたので、そこまでは様子を見ようと思った。

 術後1ヶ月の時に、ブログのまとめをしたが、同様のまとめをもう一度。

肺がん発覚まで

胸部X線で再検査? [2019/02/25]
いきなり手術!?① [2019/02/27] 
いきなり手術!? ② [2019/02/27]

入院、手術

手術2日前 [2019/04/01]
手術前日 [2019/04/02]
手術当日① [2019/04/03]
手術当日② [2019/04/03]
手術翌日 [2019/04/04]
術後2日目 [2019/04/05]
術後3日目 [2019/04/06]
術後4日目ー病理結果 [2019/04/07]
術後5日目ー退院 [2019/04/08]

退院から術後1ヶ月まで
 
術後6日目 [2019/04/09]

術後1週間目 [2019/04/10]
術後10日頃
術後2週間頃
抜糸 [2019/04/21]
術後4週目
術後1ヶ月  [2019/05/03]

一時帰国中の受診
一時帰国[2019/05]② 日本での受診 AM
一時帰国[2019/05]③ 日本での受診PM
一時帰国[2019/05]④ 胃カメラと腹部エコー


体調の変化

*術後2ヶ月目は、日本に帰国していろいろな病院にも行き、体調も良かった。ただ手術をした左側を下にして横になると、呼吸がしにくいので、ずっと右側を向いて寝ていた。そのために、右腕や肩に負担がかかり、以前から痛めていた右肩の痛みがひどくて眠れないほどになった。そこで昔、通っていた針灸院に通い、なんとかましになってタイへ戻った。

*手術後、気がつくと体重が3kgちょっと落ちていたが、日本での暴食にも関わらず、体重は戻らない。でもやはり少し食べる量が減っていて、たくさん食べることができない。食欲がないわけではないが、少し食べるとお腹が一杯になってしまう。

*私は、来年還暦を迎える年齢だが、若い頃からずっとスポーツを続けていたおかげで、体力には自信がある方だ。(娘には過信しすぎで、それが怖いと言われたが)手術後、1ヶ月で家の中のことは全てできるようになったし、2ヶ月後には、外での生活も普通だと感じるようになった。3ヶ月経った今は、以前ほどではないが、体力もかなり戻り、日常生活で困ることはなくなった。

*最初に書いたように、咳が出ることが気になっている。これが日本なら、すぐ病院に行くところだが、保険の使えないタイだと躊躇してしまう。かなり不安を感じているが、とにかく次の検診でレントゲンを撮るし、先生に聞いてみよう。


 

肺がんランキング 

にほんブログ村 病気ブログ 肺がんへ
にほんブログ村

術後2ヶ月[2019/06/03]

 手術から2ヶ月が経った頃、日本への一時帰国からバンコクへ戻った。日本では外食ばかりしていたとはいえ、ストレスのないハッピーな毎日だったが、仕事が始まると楽しいことばかりでもない。とにかくストレスをためない生活をしたいと思う。

 日本へ帰って診察を受けたおかげで、気持ちがずいぶん楽になった。これから1年間はタイで3ヶ月ごとにX線を撮り診察、日本で半年ごとにCTと診察ということになる。1年後は、タイでもCTと言われているが、ちょうど日本でもCTをとる時期になるので、その結果をタイに持って帰ればいいと思っているのだが。というのは、日本では国民健康保険が使えるが、タイではもう海外旅行保険は使えなくて毎回の診察は実費になる。X線は診察と合わせて一万円弱だが、CTはそれだけで確か4万円ほどかかる。だからなるべく日本で済ませたい。

 それでもタイと日本のどちらでも経過観察の診察は続けようと思っている。今回の一時帰国で両親の状態は以前と変わらず、まだもう少しタイにいることも大丈夫だと思えた。最初にタイに来た時は最低3年間と思っていたが、手術後、夫といろいろ話をしているうちに、 今から3年間くらいと思うようになった。だからそれまでは、両方の国で検診を続け、万が一何か異常が見つかったら、どちらの国でも早急に対応できるようにしたい。

 どうして3年間なのか。私たちの世代で3年間は、それほど大きく変わらないかもしれないが、80代の両親の状態が良くなることはない。でもあと少し自分のやりたいことをしたいと思う。そのためには、自分の体力が十分あるうちに仕事もやめて行きたい国へ旅行もしたい。でもタイでやりたいことはまだ残っている。だから後3年で、当初の目的は果たしたい。

 がんになって、自分のリミットを考えるようになった。それは命のリミットもだが、体力や自分の周りの状況のリミットもある。これまでも、なるべく短期目標と長期目標を考えるようにしてきたつもりだが、自分の人生の終わりが来ることを真剣に考えたことはなかった。でもがんになるということは、それを考える機会を与えられたことだと感じた。

  この時期の体調
*手術跡の傷の痛みはほとんどない。
* 日本でもらった胃薬をずっと飲んでいる。ただし、手術後の痛み止めは全く必要がない。
*咳は時々出る。でも薬を飲むほどではない。
*家の中でも外でも、息苦しさもほとんど感じず、以前と同じように動いている。
*ジムでウォーキングはしてみたが、ランニングはしていない。




肺がんランキング 

にほんブログ村 病気ブログ 肺がんへ
にほんブログ村 

術後1ヶ月のまとめ

 ブログを始めて1ヶ月半、そして実際にはもうすぐ手術後3ヶ月になる。一時帰国も含めて長期の休暇中だったおかげで、このブログもコツコツ書き続けることができた。でも仕事が始まって、これまでのペースでの更新は無理だと実感している。

 もしこのブログを初めて見ていただいた方にわかりやすいように、そして自分自身のメモとしても、手術、入院、退院後についてまとめてみたい。 

肺がん発覚まで 
 一生忘れられないレントゲン写真で再検査と言われた日と、手術をすると決めた日。バンコクでこんな日を迎えるなんて、夢にも思わなかった。

胸部X線で再検査? [2019/02/25]
いきなり手術!?① [2019/02/27] 
いきなり手術!? ② [2019/02/27]

入院、手術
 トレッキングを含む1週間のネパール旅行から帰って、考える間もなく入院、手術。担当医からは、「肺が全部あるうちに行った方がいいよ」と言われたトレッキングについては、後日まとめてみたい。

手術2日前 [2019/04/01]
手術前日 [2019/04/02]
手術当日① [2019/04/03]
手術当日② [2019/04/03]
手術翌日 [2019/04/04]
術後2日目 [2019/04/05]
術後3日目 [2019/04/06]
術後4日目ー病理結果 [2019/04/07]
術後5日目ー退院 [2019/04/08]

退院から術後1ヶ月まで
 退院後すぐ一人暮らしに戻った。でも家の中のことはすぐできるようになり、毎日、灼熱のバンコクで散歩していた。少しつかれると、肋間神経痛のために左胸がビリビリと痛んだ。
術後6日目 [2019/04/09]

術後1週間目 [2019/04/10]
術後10日頃
術後2週間頃
抜糸 [2019/04/21]
術後4週目
術後1ヶ月  [2019/05/03]

体調の変化
*退院後1週間程は午後になると微熱が出たので、ずっとパラセタモールを飲んでいた。またかなり咳が出たので、一週間程咳止めも飲んでいた。
*どちらの薬もその後は全く飲んでいない。
*術後3週目頃には、歩く速度も普通で、1時間くらいは平気で歩けるようになった。ただし、帰宅するとぐったりして横になっていた。
*術後4週目頃には、普通に買い物をしたり食事をしたりしても、帰宅して横になることもなくなった。
*咳は時々でる。特に温度変化や何か強い匂いを感じると出るが、これはもうずいぶん前から「過敏症」と言われる咳かもしれない。 
 

肺がんランキング 

にほんブログ村 病気ブログ 肺がんへ
にほんブログ村

娘に話す 術後1カ月

 日本は平成から令和に変わることで大騒ぎになっている。タイでも普通のニュースで取り上げられているし、久しぶりに会ったタイ人の先生にも「新しい王様になったんでしょう」(タイは王制なので、emperorという言葉はなじみがない)と言われた。実はタイでもこの5月4日、5日に王様の戴冠式がある。

 この10連休を利用して、長女が旅行の最後にバンコクに寄ってくれた。だからこの時に病気のことを話そうと決めていた。彼女はたった2泊で帰ってしまうので、帰る前日は一日一緒に過ごし、その夜に打ち明けようと思った。そしてそれがちょうど術後1ヶ月にあたる日だった。

 朝はゆっくりして、お昼はスクムビットにあるホテルでランチを食べた。それから二人とも見たいと思っていた「アベンジャーズエンドゲーム」を見る。3時間もの大作なので疲れないか心配していたら、最初の方のストーリーが分かりにくいところで、うっかり寝落ちしてしまい、娘につつかれた。どうしても英語音声、タイ語字幕では理解できないところが多い。でもその後は夢中になり一気に3時間が過ぎた。

 映画の後も、彼女のお土産探し、夕食と、以前と変わらないペースで動くと、最後にずいぶん疲れを感じた。家に戻って一息ついたところで、話を切り出した。
 「ちょっとびっくりすると思うけど、でももう大丈夫なことだから。」
これだけ言われても何のことかわからないだろうなあ。 娘は何を言ってるのという顔をする。
 「私、4月始めに、肺がんの手術を受けたの。でも本当に初期に見つかったから、切ったら大丈夫って言われたし。リンパ節転移もなかったから、ホントに大丈夫だから。」 

 娘に口をはさませず、一気にこれまでの経過を話した。2月末に、大学の検診結果で再検査と言われたこと。病院に行ったら、すぐ悪性で手術をしたほうがいいと言われたこと。そしてその日に夫と相談して手術をバンコクで受けると決めたこと。 

 「手術も2時間ちょっとぐらいで、あっという間だったって。まあICUにいたときは、かなり痛かったんだけど、その後は我慢できないほどじゃなかったし。傷跡もこんなに小さいんだよ」と見せると、急に娘は涙ぐんだ。

 「えっ?大丈夫だって。」
 「そうじゃなくて。お母さんのその小さい傷でもすごく痛いんだったら、あの子たちって、もっと大きな傷が残ってて、きっとものすごく痛かったんだろうなって。」

 娘は看護師ではないが、仕事で病気の子どもたちと接している。そのため母親のことよりも、その子どもたちのことの辛さを感じてしまったのだろう。私はそれを聞いてほっとした。私のことで泣かれたら、どうしてよいのかわからなくなっただろう。そして娘につられてもらい泣きしてしまった。  

 夫が手術に立ち会って、最初の予定より長くバンコクに滞在したことも、合点がいったようだ。今後のバンコクでの診察や、日本に一時帰国したあとのことも話をして、それほど大きなショックを受けず納得したように見えた。もちろんもう大人なので、心の中のショックは母親に隠していたかもしれないが。

 長女に話せたことで、本当に気持ちが楽になった。そして話しているうちに、ニュージーランドにいる次女にも話そうという気持ちになった。会うチャンスがないならともかく、6月に彼女がここに来るのは、話すべきだということだろう。 



肺がんランキング 

にほんブログ村 病気ブログ 肺がんへ
にほんブログ村

術後4週目の生活

 まだ4月中にしなければならないことがいくつか残っていた。まず試験結果が良くなかった学生の呼び出し補習。タイ人学生は礼儀正しいが、時間にいい加減なことが多い。予想通り呼び出した学生は全員時間通りには来ず、日を設定しなおす必要も出た。

 次に運転免許の更新。2年前にタイに来た時、国際免許からの切り替えで車の運転免許を取り、学科試験(これがかなり難しくかった)と実技試験を受けてバイクの免許も取った。タイは最初の2年間は Temporaly Licence(仮免許)で2年経って本免許に切りかえる。 

 私はワークパーミットを持っているので、在留証明書などはいらない。パスポートのビザのページや、ワークワーミットの必要そうなページはすべてコピーし、青ボールペンでサインをしておく。後は健康診断書だが、これも口頭で確認するだけの簡単なものなので、ちょっとしたクリニックでやってくれるし、陸運局の近くにもクリニックがある。実は今回の健康診断は、手術の前に済ませていた。というのは免許だけでなく、ビザの延長にも簡単な健康診断がいるからだ。

 陸運局はスクムビット沿線のバンチャークにもあるが、私はチャトチャックの近くにある陸運局のほうが便利なのと、こちらの方が外国人に慣れているようで、2年目に免許を取ったときも、それほど困らなかった。

 今回は更新だけなので、必要な書類を用意して提出した後、目の検査。単純な色盲検査と、視覚範囲の検査、遠近感の検査(これが少し難しい。2本の棒をボタンを押しながら動かして、並んだところで止める)。そしてブレーキテスト。信号の色が変わったらブレーキを踏む。

 午後から行ったが、1時間半程で2枚の免許を手にした。タイの免許は5年間有効なので、2025年の誕生日まで。その時、ふと思った。次の免許更新まで再発がなければ、がんも完治したということなんだ。 

 帰りは急がないので、バスを乗り継いで帰宅した。ずっと座っていたが、来たのがノンエアコンのバスで、かなり時間もかかった。家に戻ると傷口ではなく、左胸がもぎとられるような感じになる。これが神経痛なんだなあ。まだ1ヶ月も経っていないので、仕方ないけれど。



肺がんランキング 

にほんブログ村 病気ブログ 肺がんへ
にほんブログ村

抜糸 [2019/04/21]

   昨日は退院後初めてスクムビットへ出かけた。プロンポンのFUJIスーパーの近くに、Key Booksという古本屋があり、タイ在住の日本人にはお馴染みのところだ。私も月2回は通い文庫本を仕入れてくる。読み終わった本も買い取ってくれるので便利だ。4冊買ってリュックに入れると、意外に重さを感じた。やはりいろいろな点で、以前との違いを感じる。

   一人なので、昼食は気楽なターミナル21のフードコートへ。手術後ほとんどタイ料理を食べていなかったが、ラートナーというあんかけ麺とサトウキビのジュースはとても美味しかった。でも辛いカレーやソムタム(パパイヤのサラダ)を食べる自信がない。

   もうひとつ、どうしても行きたいところがあった。私は昨年、眉のアートメイクをした。昔から興味があって、タイに住んだらやりたいと思っていたからだ。でもネットで刺青やアートメイクをしているとMRIが受けられないと書いてあったのが心配だったのだ。

   そのサロンに行くとちょうどオーナー女性がおられた。
「ちょっとお聞きしたいのですが。私は去年眉のアートメイクをしましたが、アートメイクをすると、脳MRI を受けられないと聞いたのです。」
「全然大丈夫ですよ。使っているのは、鉄ではなくカラーだけですから。」
それで安心した。今は必要なくても、脳MRIはいつか必ず受ける必要があるだろう。
 

   ちょうど帰宅した頃、病院からショートメールが来ていて、レントゲンが12時、W先生の診察が12時50分からになった。夕方遅い時間じゃなくなってよかった。

   朝洗濯をして、軽くサンドイッチを作って食べた後、病院へむかった。先に検査室でレントゲンを撮る。もう3回目だから慣れたものだ。終わっていつもの内科へ行ったら、そこではなく外科だと言われた。そうか、W先生の診察だ。ということは、もうあのきれいなM先生には会えないのか。

   W先生が来られたのは1時前で、私の前に二人が待っていた。少し迷ったが、看護師さんに通訳の方をお願いした。抜糸をしながら落ち着いて質問できるか自信がなかったし、専門用語をあわてて忘れてしまう可能性もある。それで先に通訳の方に質問を伝えた。

*今後の検査や診察のスケジュール
*再発の可能性
*脳MRIや腫瘍マーカーの必要性
*毎年受けている人間ドックは必要か?
*左胸がピリピリするのはいつまで続くのか
*してはいけない事、してもよい事

   抜糸は、通訳の方が質問してくださる間に終わった。先生の答えを聞くことに集中していたおかげで、痛みはほとんど感じなかった。先生は、いつも通り気楽な様子で答えてくださった。

   今後3ヶ月ごとのX線、1年後にCT撮影。再発の可能性は低い。脳MRIやマーカーも今は必要ない。人間ドックは受けた方がいい。左胸は神経を切ってつないだので、半年くらい痛いかもしれない。
   「何をしてもかまわないよ。サウナ?OK、OK。日本への飛行機?大丈夫。」
   「私の左肺はどれくらい残っているんですか?」
   「32/42だから...76.19%だね。」

   家に帰ってネットで検索すると、W先生はチュラロンコン大学病院で、心臓、肺が専門の高名な外科医だった。傷口も測ると10cmほどで、左腕をを下ろすと隠れる位置だ。痛みもたいしたことがないのは、やはり手術がお上手なおかげだろうか。
   


肺がんランキング 

にほんブログ村 病気ブログ 肺がんへ
にほんブログ村

同僚と会う 術後2週間ごろ

   抜糸の予定は術後2週間目だったが、その日の朝早く病院から電話があり、W先生に緊急のオペが入ったそうで、私の予約は次の日曜日になった。少し聞き取りにくい英語だったが、夕方5時半で間違いないのかな。ちょっと遅いけど。
 
   散歩も少しずつ時間と距離をのばし、ゆっくり目に1時間歩いても平気になった。ただ午後からは少し体温が高めになる。でも37度7分程度だったし、傷の痛みもあまりたいしたことがないので、2週間が過ぎた頃に薬を飲むのをやめた。寝る前に飲んでいた咳止めも、ちょうどその頃なくなったので、やめてしまった。もちろん咳は時々出たが、ハーブのど飴だけで大丈夫だった。

   ちょうど2週間が経った頃、親しい同僚からラインが入って、学校で会うことになった。私も翌週に学生を呼び出しているので、その課題の解答準備もしておこうと思った。学校までいつもの速度で歩いても何ともなかったのに、そのまま2階までの階段を登ったら、一気に息切れした。同僚に気づかれるのも嫌なので、部屋に入る前に数分間息を整えた。

   自分では声がかすれているような気がしたので、同僚にはひどい風邪をひいて寝込んだと説明した。でも1時間ほど話したが、それほど違和感なく話せてホッとした。その後1時間半ほど翌週の学生呼び出しの準備をして、近くの公園まで散歩した後帰宅。

   家に着くとやはりぐったりした。1時間近く人と話をしたし、その後デスクワークもした。でもまだ手術から2週間しか経っていないので、疲れるのは当然だ。食欲は戻ってきたとはいえ、あっさりしたものしか食べられないし、体重も落ちたまま。それでもたった2週間でこんな普通の生活ができるようになるとは思わなかった。
    

   


肺がんランキング 

にほんブログ村 病気ブログ 肺がんへ
にほんブログ村
プロフィール

nakko

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

記事検索
読者登録
LINE読者登録QRコード
お問いあわせ