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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

世界一周

「飛んで」じゃなく「バスでイスタンブール🎵」

 さあ最後の目的地イスタンブールです。 デニズリからのバスは出発時間が遅れて、ターミナルでかなり待つことになり、その上、バスのルート上の町で地震があったというニュースが入り・・・と快適とはいえない夜行バス旅でした。この時のことは、去年の旅行中に書いています。



 イスタンブールのバスターミナルは市内の中心からは10kmほど離れています。でも電車を乗り継いで、その日の宿へ向かいました。イスタンブールは2泊か3泊で悩んでいたので、この日のホテルだけは新市街側です。でもタクシム広場というわかりやすい駅から歩いて10分のところで、迷わず行けました。

 Booking.comで予約したヴァルダルパレスホテルというホテルですが、一番安い部屋で35ユーロ(当時のレートで6500円)。やはり他のヨーロッパの国に比べると安いです。トルコはアジアでは?と言われそうですが、イスタンブールのメインはヨーロッパ側にあるんです。

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 ここで私の「ラッキーガール」が出動しました。ホテルに着いたのが9時過ぎで、チェックインは14時からだったのですが、フロントで、「ラッキーだね、一部屋だけ準備できてるよ」と部屋に入れてくれたのです。

写真は疲れて撮るの忘れたらしく、この上下2枚はBooking.comからです

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 コンパクトですが、ベッドは寝心地も良く、場所もこの日予定していたドルマバフチェ宮殿まで徒歩圏内(1.5km)だったので、選びました。

 部屋でシャワーを浴びてさっぱりしたので予定通り出かけることにしました。まず腹ごしらえと、タクシム広場近くの小さなお店でこんなものを食べました。

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 写真を見ても、「何だっけ?」と1年前の記憶をたどって、思い出しました。「Wet Barger」濡れバーガーです。確かトルコで流行っていると、ネットで読んで食べてみましたが、まあフツーだったとしか思い出せません。

 そしてこの日、かなり睡眠不足だというのに、このまま夜まで観光し、歩き回るという無謀なことをしました。それはイスタンブール観光のために前もって買ったKlookのパスのためですが、それについてはまた次回に。


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デニズリで一番のケバブ屋さん

 ヒエロポリスからミニバスで戻ったのが、4時15分ごろでした。デニズリの町はそれほど大きくなく、観光地も博物館くらいと思っていたら、月曜日だったため、その博物館はお休み。仕方がないので、とりあえずメインストリートの方へ歩いていくことにしました。

これはデニズリのシンボルの雄鶏だそうです
ガラス製で夜にはライトアップされます
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アタチュルク像
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食事の前にトルコアイス!
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ここのケバブが一番というブログを読んだので、来てみました

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まだ時間が早かったのでお客さんはまばらですが、地元の人気店だそうです

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最初に来たのがこの山盛りトマトと玉ねぎ、そしてハーブ

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この写真だと大きさがわかりにくいのですが・・・

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ピタパンをめくると、大量のラム肉

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この日、昼間は暑すぎて、水分しか取っていませんでした
ということで、このケバブは美味しくて、2/3ほど快調に食べましたが・・・

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最後はお腹がはち切れそうになりましたが、完食
そしてチャイでごちそうさまでした

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650トルコリラなので約2,250円でした

 この他でもケバブを食べましたが、値段は少し高い目でしたが、ここのが一番美味しかったです。この後ホテルに戻り、休憩させてもらってからバスターミナルへ。実質26時間ほどしか滞在していないデニズリでしたが、大満足でした。
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1000年の時を感じさせないヒエロポリス

 足元地獄のパムッカレを堪能したあと、すぐ近くのヒエラポリス博物館に向かいました。古代都市ヒエラポリスの歴史は、紀元前2世紀にアッタロス朝(ペルガモン王国)の軍団居留地として築かれたことから始まります。温泉街として栄えるようになり、古代ローマに割譲されたのちに繁栄のピークを迎えます。そしてセルジューク朝の時に町は破壊されました。

ヒエロポリス博物館

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 行きたいと思っていた割には、あまりヒエロポリスのことは調べておらず、この博物館を見て、ここは「ローマ帝国」の遺跡だったことに気づきました。あらためてローマ帝国が広大な帝国であったこと、そしてローマ帝国の首都が一時期コンスタンティノープル,つまりイスタンブールだったことも思い出しました。そうはるか昔、大学受験に世界史を選んで勉強した時の記憶です。

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 展示されているものは、確かにイタリアやギリシャで見たものと似ています。

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 模様も神話に基づくものが多いのでしょうが、その知識もないので、すごく精密に作られているなあとかきれいだなあという程度の感想です。

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 博物館から少し坂を登っていくと、古代劇場があります。
これまでにいくつかの国と場所で、古代劇場を見たことがありますが、このヒエロポリスのものは、現存する中でも、一番保存状態がよく、見応えがあると聞いたことがあったので、とてもたのしみにしていました。

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 ハドリアヌス帝によって2世紀に造られたもので、非常に保存状態が良く、15,000人を収容できました。

ギリシャの神々の像が残っています
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円形劇場の横にあるアポロ神殿跡

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 遺跡を見るのは面白いのですが、もうお昼ごろで、たぶん40度近い気温。さすがに歩き続けるのもつらくなってきました。
 
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 1354年に起きた大地震で、完全に廃墟となったそうですが、それから700年ちかく経っても、まだこの状態で残っているのが不思議です。

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奥に見えるのが、フロンティヌス門だそうです

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 結局、博物館と円形劇場以外は、適当に見ながら歩きました。パムッカレの村の入口に着いたのが10時過ぎで、それからパムッカレとヒエロポリスを計4時間半ほど見学したのですが、やはり真夏の見学はかなり厳しいものがありました。でもずっと行きたいと思っていた場所なので、行けてよかったです。

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石灰棚が美しい世界遺産パムッカレ

 娘たちが帰っても、何やかやと忙しく、トルコ旅行記も中断したままですが、今月は久しぶりの旅行も控えているので、なんとかそれまでに書き終えたいです。頑張れるか、あまり自信がないのですが・・・。

 トルコは去年にトランジットツアーに参加したのを含めると、もう4回目になります。でも最初の2回はもう40年近くも前のことで、記憶も定かではないのですが、行った地名だけは覚えています。そしてこのパムッカレは、新婚旅行で行った2回目のときに、日程の都合で行けなかった場所でした。

 Screenshot 2026-06-30 15.06.33それが1988年なんですが、カッパドキア、トロイ、ベルガマ、エフェス、イスタンブールに行きましたが、まだパムッカレはそれほど知られていませんでした。というのは、何とその1988年に、パムッカレ・ヒエラポリスとして世界遺産登録がされたので、観光地として有名になったのはその後です。
 
 パムッカレは、デニズリの北19km、大メンデレス川を100m程上がったところにある、2,600×300mの広大な石灰質の台地です。非常に濃度の高い炭酸塩と石灰を含んだ35℃の湯が、台地から100m下の平地に流れ落ちる間に冷却されて炭酸カルシウムが残り、これが段々畑状の地形に沿って、まるで水の流れのような石灰棚を形成しています。

 実は、世界遺産はこのパムッカレの石灰台地だけでなく、ヒエロポリスという遺跡とセットです。私はまずパムッカレに向かいました。と言っても、ほとんど同じ場所です。

 ホテルでもらったインフォーメーションの紙に、ミニバスの乗り場も、料金も書いてあったので、9時半頃にバスターミナルへ行きました。車内の料金表はトルコ語でわかりにくかったので、ホテルに感謝です。ドライバーには「パムッカレ」というだけで、わかってもらえましたが。

 
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 30分ほどでパムッカレの村に着き、他の観光客もいたので、簡単に入口まで行けました。最新の「地球の歩き方」キンドル版を持っているので、入場料はパムッカレとヒエロポリスがセットで30ユーロ(約5500円)というのはわかっていました。でも表を見てびっくりです。トルコ人だと100トルコリラ(約350円)なんですよね。バンコクの王宮も、外国人には暴利だと思っていましたが、その比じゃないですね。

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世界遺産なので、入口はそれらしく見せています
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通路も整備されています
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でも途中にある、あまり大事ではないのだろうと思える遺跡は
ほったらかしのように見えました

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だんだん石灰棚がみえてきました
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まだメインのところではないのですが
ここの方が人が少なくて、きれいに見えました

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 いきなりものすごい人が見えてきました。実は、このパムッカレに来るには、入口が2ヶ所あり、反対側の入口のほうが、温泉が出る村のため、いいホテルなどがあるそうです。だから、そちらから来る人の方が、多いのかもしれません。

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 メインの石灰棚は裸足でしか、入ることができません。この日の気温はおそらく40度超えで、しかも石灰棚は固くて、熱さと痛さで歩くのがつらかったです。

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 子どもたちが、プールのように水遊びをしていたり、温泉のようにつかっている人たちもいましたが、太陽の日差しが強すぎて、ゆったりした気分にはなれませんでした。

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 日が沈むころには、白い石灰棚は夕日で茜色に染められるそうですが、8月は暑すぎて、一日ここで留まるのはかなり厳しいと思いました。このパムッカレという名前はトルコ語で「綿の城砦」を意味するそうです。昔からここは綿の生産地で、雪のように白い大きな石灰棚が広がっていることから、そう呼ばれたそうです。 

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まるで雪景色のようです
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2つの短いビデオを繋いだので、ちょっと見にくいですが、雰囲気だけ・・・



 バルト三国がとても涼しかったので、この日は本当に大変でした。ただ日本のような蒸し暑さではないので、UVパーカー、サングラス、日傘で完全防備して、日焼けに備えると、歩くことはできました。まあでも、もしもう一度トルコに行く機会を作るなら、5月頃にしたいです。


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デニズリのホテル

 久しぶりに旅行記に戻ります。先日、娘とお孫ちゃんは滋賀県の家に帰ったので、私の日常が戻ってきました。でもちょっと予定外のことが起こり、今日からようやく「普通の生活」です。旅行記は、イスタンブール経由でデニズリという町へ行ったところまで書きました。

 デニズリへ行ったのは、パムッカレという遺跡に行きたかったからです。トルコは昔2回訪れていて、有名な観光地は行ったのですが、このパムッカレは行きたかったのに行けなかった場所なのです。

 一泊だけで、しかも翌日は夜行バスでイスタンブールに向かうので、とにかくバスターミナルからすぐ近くのホテルを探しました。そしてBooking.comで見つけたのが、バスターミナルから徒歩5分の「ラオディキヤホテル」でした。クチコミも9.0/10と高く、日本人も高評価を出していたので、ここに決めました。

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booking.comより拝借しました
 
 デニズリには一泊しかしないので、翌日は朝から晩まで観光です。でも夜でも35度近い気温で、ヴィルニュスとの差が大きすぎるのが、きつかったです。

 チェックインのときに、頂いた案内には、旅行者が必要な情報が書かれていました。予約後にホテルは、飛行場からバスターミナルへは、飛行機の発着に合わせて運行しており、片道225トルコリラ(約6ユーロ)だと知らせてくれました。空港からは約60kmなのでタクシーだと約54ユーロかかります。

 そして私が行きたいパムッカレへは、バスターミナルからミニバスが出ていて、朝6時半からよる10時まで1時間に3本運行され、費用は50トルコリラ(1.5ユーロ)。乗り場も76番とありました。タクシーだと約20ユーロです。他の観光地への案内や、気球のツアーの案内もありました。気球は夕方5時半から約1時間、130ユーロでした。

 とにかく駅とバスターミナルからすぐなので、どこへ行くのも便利です。口コミを読んで決めましたが、ここにしてよかったと思いました。

部屋は落ちついた雰囲気で
水回りも清潔で使いやすい

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 朝食も美味しかったです
トルコはパンやチーズがおいしいので、大満足でした

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ヨーグルトもGood
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 さて、このホテルにして本当に良かったと思ったのは、宿泊翌日のチェックアウト後です。パムッカレに観光に出かける前にチェックアウトをして、荷物を預けました。夕食を済ませてからホテルに戻ったのが19時過ぎでした。イスタンブール行きのバスの出発は21時半。まだ2時間以上あります。フロントでバス出発時刻まで、ロビーで待ってもいいですかと聞くと、笑顔で「もちろんどうぞ、ごゆっくり」と言ってくれました。

ロビーはかなり広くエアコンも効いて居心地最高でした

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私は奥まったところにあったこのソファに座って2時間近く過ごしました

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 近くには韓国人の女の子2人がいて、今からバスでカッパドキアに向かい、気球に乗りたいと話してくれました。私も昔カッパドキアに行ったことがありますが、その頃には気球はなかったです。確かにカッパドキアの不思議な光景を、空から見るのも面白そうです。

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 ここのホテルは、Booking.comで取りました。一泊9,072円でしたが、設備やサービスを考えると、コスパが良く、もしまたデニズリに行くならここに泊まりたいと思います。(まあそんな機会はないでしょうけど)

 次は、トルコ観光のメインと考えていたパムッカレです。




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リトアニアからイスタンブール経由でデニズリへ

 バルト三国間の移動はバスを使ったので、ヴィルニュス空港も出国日まで行ったことはありませんでした。でも調べてみると、私が泊まっていたAirbnbのアパート近くのバス停から20分ほどで行けることがわかりました。

 11時40分発の飛行機でしたが、バスもすぐに来たので、9時過ぎには空港に着きました。チェックインを済ませ、ビジネスラウンジへ。
 
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朝なので、料理の種類は多くありませんでした
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でもデザートも何種類かあるし
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お酒の種類も多かったです(と言っても、ホントは全然わかってません)
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でもビジネスクラスの食事に期待して
サラダを食べるだけにしておきました
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さていよいよバルト三国ともお別れです
リトアニアは10年ほど前から来たかった場所なので
少し名残惜しかったです
 
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 これまで、ANA、ユナイティッド、エアーカナダ、ルフトハンザとビジネスクラスを乗り継いできましたが、今回はターキッシュエアーです。実は一昨年のスロベニアとクロアチアへ行ったとき、ターキッシュエア―を使ったので、サービスはいいし、エコノミーでも機内食が美味しかったことを覚えています。

 さあビジネスの食事です。最初にオードブル類が出てきたのですが、水の左側は、デザートのライスプディングでした。まあ冷たいので、最初からあっても問題はないですが・・・

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メインはラムかシーフードを選べて、私はラムを選択
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 約3時間のフライトでイスタンブールが近づいてきました。実は、ここでちょっと心配していたことがありました。イスタンブール到着は14時50分で、次のデニズリ行きは16時35分、つまり乗り継ぎ時間は1時間45分でした。これが通しで買ったチケットであれば問題はないでしょうが、実はイスタンブールまでは世界一周航空券ですが、そこからデニズリは単独で買ったエコノミーチケットなのです。

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 ヴィリニュス空港のカウンターで、別に買ったエコノミーであると説明して、それでもスルーでデニズリまで行くかと聞くと、大丈夫とのこと。でも本当に私のスーツケースが一緒に国内線に積み込まれるか不安でした。

イスタンブール到着も次の出発も定刻通りでほっとしました
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あまり時間はないのに、次はエコノミーの食事なので
先にラウンジで食べました

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1時間10分のフライトでも、こんなサンドイッチが出ました
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デニズリにもほぼ定刻に到着
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小さい空港なので、もちろん沖止めです
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 実は国内線のターンテーブルではなく、国際線のほうに行くように言われました。でもいったん外に出てしまったので、国際線ターミナルへ行き、外にいた職員の男性に事情を話すと、中に入れてくれました。(普通は外から入れないですよね)

見えました、私のスーツケース
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ちゃんと「Transfer」タグだけでなく、「Priority」も残っていたおかげで
早く出てきました
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 デニズリの空港は、実はデニズリの町からは60km以上離れています。でも飛行機に合わせてバスがデニズリバスターミナルまで出ているので、移動はそれほど大変ではありませんでした。そしてホテルもこのターミナルの近くに取ったので、19時半頃チェックインすることができました。
 
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 デニズリには一泊しかしないので、翌日は朝から晩まで観光です。でも夜でも35度近い気温で、ヴィルニュスとの差が大きすぎるのが、きつかったです。

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最後にバルト三国独立について学びました

 ヴィリニュス旧市街北にあるゲティミナス城は、13世紀に建設が始まり16世紀ごろに完成しましたが、現在は丘の上に周囲320mの城壁跡と宮殿の一部だと思われる建物、そして今は博物館になっているゲティミナス塔だけが残っています。ヴィリニュス最終日に、その丘に登りました。

 丘があるところは大きな公園になっていて、市民の憩いの場所でもあります。この不思議なドームが何かわからなかったんですが。

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公園の中を走る汽車、子どもが喜びそう・・・
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何かストーリーがありそうですが、英語じゃなかったのでわかりませんでした
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丘の上にはこんな階段をずっと登っていきました
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でも旧市街の反対側からはこんなゴンドラもありました
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川が流れているのは旧市街の北側です
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かつての宮殿の一部
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 バルト三国は1940年にソ連によって占領されました。これはソ連とナチス・ドイツが1939年8月23日に交わした「独ソ不可侵条約」の裏で秘密裏に交わされていた議定書によるもので、東ヨーロッパと中央ヨーロッパをそれぞれの勢力圏に分割するという内容でした。

 1980年代後半になっても占領は続き、またソ連は秘密協定の存在を否定しバルト三国が自発的にソ連に加わったのだと主張し続けました。そしてその協定50周年にあたる1989年8月23日、バルト三国の国民は協定の秘密議定書の公的承認とバルト三国の独立回復を要求し"人間の鎖"による独立運動「バルトの道」を行いました。

丘の上のゲティミナス塔には、その「バルトの道」の展示があります

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 1989年8月23日の19時、バルト三国の住民約200万人が手をつなぎ、タリンからリガを経てビリニュスまで人間の鎖が完成しました。バルト三国それぞれの国民運動団体が主導し、参加者は独立運動が行われる都市や村に集まるか、バルトの道が縦断する道中で人員が不足する人口が少ない地域へ車で向かいバルトの道を完成させました。

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 このデモにはエストニアから70万人、ラトビアから50万人、リトアニアから100万人が集まったとされています。

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 当時の各国の人口がエストニア157万人、ラトビア266万人、リトアニア368万人なので、本当に多くの人がこの運動に参加したことになります。

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 この下の写真は、ラトビアの首都リガの自由記念碑近くにあった「人間の鎖の足型」です。リガのウォーキングツアーのときにも、この運動のことを聞いたのですが、あらためてこの運動がバルト三国の人にとって、大きな出来事であったかを実感しました。

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 ベルリンの壁が崩壊したのは1989年11月9日です。そのニュースははっきりと覚えています。というのは、その数年前にベルリンの壁を訪れて、西側にある博物館で、その悲惨な歴史を学んだからでした。でもその3ヶ月前に、バルト三国でこの運動があったことは、今回訪れるまで全く知りませんでした。

 ちょうど結婚した翌年で、まだ子どももおらず、仕事もプライベートも大きな悩みもなく、楽しい生活を送っていました。その時に同じ地球上でこんな出来事があったのを、まったく知らずにきたことが少し情けなくなりました。

 バルト三国を訪れたのは、カウナスの杉原千畝博物館に行きたいと思ったことが理由ですが、三カ国とも落ちついた雰囲気の素敵なところだったので、写真を眺めながら、またいつか訪れたいと思っています。

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