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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

ラトビア

最後にまた美しい調べを堪能してリガを去る

 ブログにアップした順は、一日の流れではありませんでした。リガ3日目は、まずKGB博物館へ行き、お昼にはリガ大聖堂でパイプオルガンを聞き、食事をしてブラックヘッドの会館へ。そしていったんAirbnbのアパートに戻りました。

 なぜかと言うと、前日KGB博物館の予約を探したときに、コンサートのチケットを見つけて即ポチったからです。場所はまた大聖堂で夜7時からで、お値段もパイプオルガンと同じ10ユーロと財布にやさしい金額。このデジタルチケットで理解できたのは、"Riga"だけでしたが、グーグルで訳すと、最初のBAHSがバッハだとわかりました。

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 これも本当に素晴らしかったです。管弦楽団の演奏で、途中パイプオルガンとの協奏もありました。2回目のコンサートで気づいたのは、このリガ大聖堂が、コンサートホールとしては素晴らしい場所だということ。天井が高く共鳴するし、上からのパイプオルガンの音も最高です。



途中でパイプオルガンも参加されました。



最後のご挨拶です
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 その翌日、この中央市場が見えるバスターミナルからリトアニアに向けて出発しました。

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 チケットはネットで買っていましたが、少し早めに行ったので、ここのベンチに座って、前日に買ったパンを食べました。リガを9時に出発し、11時半ごろ目的地に着きます。

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 私が向かう場所は、大きな都市ではないので、バスと言ってもこのミニバスです。ターミナルを出たときは、まだ席が空いていて、こんなものかと思っていたのですが・・・

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このミニバスは、空港にも寄って、そこでお客さんが増えました
バルト三国では、このラトビアだけが空港に縁がないと思っていたので
空港の表示が見えたとき、ちょっとうれしかったです

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 さてバスは国境を越え、バルト三国最後の国リトアニアに入ります。そしてこのミニバスの目的地が、世界一周旅行で行きたかったベスト3のひとつです。それはまた次回に。


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負の遺産「旧KGB本部」でジェノサイドについて学ぶ@リガ

 ラトビアのガイドを読んでいた時、旧KGB本部という文字が目にとまりました。「KGBってソ連の秘密警察みたいなものだっけ・・・」あまりソ連、ロシア、旧東ヨーロッパの歴史に詳しくはなく、KGBといえば、ハリウッド映画の中で「敵」として扱われているというイメージしか思いつきませんでした。

 これまでナチスによるジェノサイドについては、本を読んだり、ネットで調べたりと関心を持ち続けてきました。10数年前に娘たちと、「アンネフランクハウス」と「アウシュビッツ」にも訪れ、その他の地のゲットーも行ったことがあります。そして今回の旅の大きな目的は、次に訪問する国リトアニアのカウナスで、多くのユダヤ人の命を救った杉原千畝記念館に行くことです。

 もちろん規模は違いますが、バルト三国にとって、旧ソ連の恐怖政治は、市民たちを苦しめ続けてきたことを、この「旧KGB本部」を訪れて知りました。

 ネットで検索していると、半世紀以上にわたり旧ソ連に支配されてきたバルト諸国で、旧ソ連国家保安委員会(KGB)による暗黒支配の「負の遺産」を市民が公開する動きが相次いでいるという記事がありました。ソ連崩壊につながった1991年9月のバルト三国独立から20年ほどが経過し、スターリニズムの悲劇を二度と繰り返させないとの決意を込めて、エストニアのタリンにも2011年にKGB博物館が公開され、リガでも2014年にこの場所が公開されたそうです。

 1912年にアールヌーボー様式で建てられた「角の家」と呼ばれるこの建物は、外観を見ていると優雅さが残っていました。

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 KGB本部が置かれたのは、ラトビアがソ連に支配された1940年年6月17日以降。第二次世界大戦後は、独立した1991年9月まで再拘留のための刑務所として使用され、独立後に国家警察の本部が置かれたそうですが、2008年に警察が移転してから放置されたままになったいました。でも2014年にリガが「欧州文化首都」に選ばれたのを機に公開され、その後、民間業者が「全体主義の負の遺産を伝承しよう」と「KGB博物館」として一般公開してます。

 一日に5回ツアーがあり、予約をした方がいいとあったので、前日ネット予約をしました(15ユーロ)。

メールで来たチケット 12歳以下は入場不可とあります
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 10時10分ほど前に行くと、数人の人が待っていました。10時前に、チケットを持っている人はこちらへと声がかかりました。

実は入ったところのホールは無料です
ツアー参加者はこのホールの突き当りのドアから中へ入ります
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このビデオも無料のホールで見ることができます
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 いよいよ中へ。まず入ったのは、KGB所長(?)の部屋。ここで面接の後、すべてのものを没収され、牢へ連れていかれます。

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同じ建物にあると思えないほどひどい状態の牢
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食べ物を渡すための小窓がある扉
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調理室
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本当に狭い中庭で鉄格子の隙間から見える空
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このきれいな窓がある建物は、KGB職員の家でした
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 薄暗い廊下の先に拷問や処刑を行った部屋がありました。ここで罪のない多くのラトビア人が傷つき命を落としました。

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 KGBは市民を盗聴し、「危険人物」と判断すると、この監獄に収監し、拷問し、処刑を行いました。そして、いわれなき罪でシベリアに送ったりもしたそうです。

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 ガイドの人がおっしゃった言葉が忘れられません。「KGBにとって私たちラトビア人は「人間」ではありませんでした。」

 私が高校や大学で学んだ「世界史」には、こんなKGBの非道なふるまいは書いていませんでした。もちろん私の大学時代はまだバルト三国は独立前で、ソ連の支配下にあったため、こんな事実が世界に発信されるはずがないですね。

 でもそれからもう何十年も経つのに、私たち日本人には知らされていないことが多いと思います。今回バルト三国に行かなかったら、私もこんな負の遺産について知ることはなかったでしょう。

 次に向かったリトアニアにもKGB博物館はありました。それもリトアニア編に入ってから書きたいと思います。 


リガを代表する建築、ブラックヘッドの会館

 ここも見どころNo2と言える場所だと思います。でも残念ながら15世紀に造られた建物は、1941年にドイツ軍の砲撃で破壊され、その後リガ創設800周年を記念して、1999年に現在の建物の再建が完了しました。
 
新しいだけあって、もう圧倒的な美しさです
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 ここは市庁舎広場に面していて、横に観光案内所もあり、一日中観光客でにぎわっています。この広場では、中世にはお祭りや市の条例の布告が行われただけでなく、魔女の火あぶりの刑罰も行われたとか(; ̄Д ̄)

 入場料は7ユーロで、最初は地下から見るようにと言われました。

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 ブラックヘッドとは何ぞやと思いましたが、未婚の貿易商人の友好クラブのようなものだそうです。現会館は新しいものの、内部には攻撃を逃れた当時のものが、数多く残っています。

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こうなると遺跡みたいな感じですね
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1941年にドイツ軍に攻撃されたときの写真も残っています
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上に登ると、大きな部屋がたくさんあり、当時の様子を再現されています

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 もう少し大きく写真を撮っておけばよかったと思うのですが、下の写真の大時計には、ちょっと怖い言い伝えがあります。月、日、時間、月齢を刻む精巧な時計を造った職人は、二度と同じものが造れないように目をくりぬかれてしまったというのです。本当なら怖い・・・

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 時計の下の白い4体の像の上には、左から代表的な4つのハンザ同盟都市、リガ、ハンブルグ、リューベック、ブレーメンの紋章が掲げられています。

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 ブラックヘッドのメンバーによって、コンサートやダンスパーティが盛大に行われていたそうです。私には、金持ち坊ちゃんたちの娯楽施設だったのかと思えます。まあ本当に美しいのですけど・・・。

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中廊下が、採光が入るようになっていて素敵です
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精巧で美しい銀細工もあれば
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どこの国かわからないようなものが飾ってあったり・・・
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 贅を尽くしたこの建物で(もちろん中世の頃のお話ですが)、夜ごとパーティをする独身貴族がいる反面、普通の人たちはどんな暮らしをしていたのだろうかと考えさせられました。もちろんそんな貧富の差は、どこの国にもあることなんですが。

 旧市街は本当に美しい建物ばかりでしたが、そこには貴族だけしか暮らしていなかったのだろうかと疑問に思いました。


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リガ大聖堂は目で堪能し、耳で感動できます

 リガの見どころでトップ1に来るのは、「大聖堂」だと思います。バルト三国の建築としては最古の1211年に建築が始まったとされ、その後何度も増改築がされて、18世紀後半に今の形になったそうです。そのためにロマネスクからバロックにいたる様々なスタイルが見られるのです。

リガ大聖堂
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(建物内部の写真はたくさんあるのに、なぜか全景写真を撮り忘れていました。ということで、阪急交通社の写真をお借りしました。)

教会内はどこを見ても「美しい」の一言でした

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 ここにはとても美しいステンドグラスがあるのですが、すべてミュンヘンで作られたそうです。ひとつひとつテーマがあります。

「ティゼンハウゼン一家と聖母マリア」
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「アルベルト僧正による大聖堂の創設」
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「1525年、リガ市長に信仰の自由の宣告所を渡すリヴォニア騎士団長プレッテンベルグ」
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「1621年スウェーデン王グスタフ2世アドルフを迎える大聖堂前のセレモニー」
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有名でないステンドグラスでも、きれいだなあと見とれました

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風見鶏のように見えるんですが

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中庭も落ち着いた雰囲気です

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無造作に置かれているドアでも
なんだかアンティークな感じが出て素敵でした

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 中庭をぐるりと回って教会の中に戻りました。この大聖堂へ来た目的がもうひとつあるからです。リガ大聖堂内には、約7000本のパイプを持つパイプオルガン(1883年製)があり、世界で4番目に大きなパイプオルガンとして有名なんです。そして毎日12:00には、パイプオルガンのコンサートが行われており、「リガ大聖堂のパイプオルガンを聴かずして、リガに来た意味がない」ともいわれています。

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 下からパイプオルガン奏者はまったく見えません。でも大きなモニターがあって、見えるようになっていました。撮影禁止の表示はなかったので、動画を撮ったのですが、これはここに載せるのは問題でしょうか。Youtubeにも、同様の動画を見つけたので、いいのかなと思うのですが。



 大聖堂の入場料は5ユーロですが、12時前になると、コンサートの料金10ユーロがプラスされます。でも10ユーロでこの素晴らしい演奏が聴けるのはありがたかったです。


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中央市場は閉まってたけど、教会からの景色は素敵でした

 ウォーキングツアーを終え、お腹がすいたので、中央市場へ向かいました。市場には、たいてい食堂もあるから、何か美味しいものがあるはず。

 このかまぼこ型のドームは20世紀初頭に建てられたものですが、建材に当時ドイツ軍がラトビア領内に残したツェペリン型飛行船の格納庫が移築されて使われているそうです。

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ドームの向こう側に青空市場がありました
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 でもドームの中に入る入口が閉まっているんです。そして見つけたのがこれです。赤い字で書かれた表示をGoogleで英語にしてみると、「Closed  Construction Work in Progress」となりました。まさか、今日だけですか!?

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 市場はあきらめましたが、一部、開いているところがあり、そこでカフェレストランを見つけて入りました。

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 このお店の名前は「ダンプリングコーナーカフェ」。お客さんは、やはりダンプリング(茹で餃子みたいなものでした)を食べている人が多かったのですが、私はもう少しちゃんと食べたいと思い、シュニッテルとスープを頼みました。

野菜がたくさん入ったトマトベースのスープでした
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ビーツのピクルスがかなり酸っぱかったです
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 食後は、旧市街に戻りました。どこからでも見える聖ペトロ教会の尖塔は123.25mで、57mのところまでエレベーターで昇れます。13世紀初めに最初の教会が建てられ、18世紀にほぼ現在の姿になりました。

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やる気のなさそうなお兄さんがエレベーターで上まで運んでくれて・・・

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景色は本当に素晴らしかったです
かまぼこ型の建物が中央市場でその奥がバスターミナルです

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橋の左手に見える不思議な形の建物は、ラトビア国立図書館です

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こちらの橋の左に見える建物はSedbankという銀行
旧市街の外は、ちょっと変わった形の建物が多いです

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教会内部ですが、あまり覚えてなくて、説明できません
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きっと何かいわれがあるんでしょうけど・・・
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ヨーロッパの教会は「どこもきれいだなー」程度にしか覚えておらず、すみません。


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リガ観光局の無料ウォーキングツアー

 リガは旧市内はそれほど大きくないので、このウォーキングツアーで、主だった建物を見ることができました。ただこの旧市内は、道が本当にわかりにくくて、午後から自分で歩いたときは、グーグルマップを見ながらでないと、どこにいるかわからなくなりました。

 ガイドさんはきちんと説明してくれたのですが、もうずいぶん前のことで、同じような建物が続くので、「地球の歩き方」で写真を照合できなかったところはどこかわかりません。

大砲があるので、ここは火薬塔の前の通りだったと思います
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 これはリーガに唯一残っている城門で、1689年に城壁を利用して住宅が建てられた時に付け加えられた門で、当時向かいに住んでいたスウェーデン兵がよく利用していたために、スウェーデン門と呼ばれたそうです。

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 門の絵を描いている人がいました。この門にも悲しい伝説があって、外国人と会うことを禁じられていたリーガの娘がスウェーデン兵と恋に落ち、ここで密会していました。でもそれが見つかり、殺され門の内側に塗り込められたとか。そのため、真夜中にはその娘のすすり泣きが聞こえるそうです。

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国会議事堂
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リガにも「三人兄弟」がありました!
右から長男、次男、三男だそうです
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 長男が建てられたのは15世紀で、当時は「窓税」というものがあったので、窓は小さめ。一番左の三男になると、土地がなくなり間口もかなり狭いです。

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ブラックヘッド会館
リガを代表する建築物 でも1999年に再建されたものだそうです
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聖ペトロ教会の前にある姉妹都市ブレーメンから贈られた
「ブレーメンの音楽隊」
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 この音楽隊を見たとき、「ちょっと不細工じゃない?」と思いました。実は私はもう何十年も前にドイツのブレーメンへ行ったことがあり、その時、本場の「音楽隊像」を見ました。確かもっとかわいかったなあとネットで探すと、こんな写真がたくさん出てきました。

ほら、かわいいでしょ?
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聖ペテロ教会の尖塔は一番高いので、いろいろなところから見えます
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 旧市街をぐるりと歩いた後、運河が通る公園まで来ました
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 映画「Flow」(2025)はラトビアの監督が作った映画だそうです。モニュメントになっていて、たくさんの人がここで写真を撮っていました。

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1935年にラトビアの独立を記念して建てられた自由記念碑
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 高さ51mの上に立つ女性Mildaは、ラトビアの3つの地域(クルゼメ、ヴィゼメ、ラトガレ)の連合を表す星を掲げています。

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「1989 TALLINA RIGA VILNA」と書かれた「バルトの道」の足型
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 バルトの道は、1989年8月23日に、ソビエト連邦の統治下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で、独立運動の一環として行われたデモ活動「人間の鎖」のひとつだそうです。

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 ガイドさんの説明によると、エストニア、ラトビア、リトアニアの約200万人が参加して手をつなぎ、約600km以上の人間の鎖を作ったそうです。このデモンストレーションは、バルト三国のソ連併合を認めた独ソ不可侵条約秘密議定書締結50周年に、国際社会に訴えるために行われたということです。

 そして最後にラトビアのお土産の紹介をされて、このウォーキングツアーが終わりました。
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リガの旧市街へ

 久しぶりにまたバルト3国に戻ります。昨年夏の旅行ブログは、いつになったら終われるのやら・・・。
 
 ラトビアは、本音を言うと「エストニアとリトアニアに挟まれているから行った国」でした。前知識もほとんどなく、「とりあえず首都のリガだけ行けばいいや」程度の気持ちだったのですが、思い出してみると、バルト3国の首都の中で、一番良かったかもしれないと思うのです。
バルト3国でどうしても行きたいと思ったのは、3国の首都ではないのです。だからこそ、まったく期待していなかったリガが、印象に残ったのかもしれません。

 タリンとヴィルニュスは4泊ずつしましたが、リガは3泊です。初日は散歩と食事で終わり、残り2日で旧市街と、歩いて行ける範囲で行きたかったところを回りました。Airbnbのアパートは、旧市内の入口まで2㎞ほどの平坦な道だったので、歩くのは苦になりませんでした。
 
アパートの近くにありました
「おいしい」はもうグローバルな言葉?
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旧市街へは、このピルセータス運河を超えて入ります
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乗る機会はなかったですが、遊覧船のツアーが出ています

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旧市街で一番高い聖ペテロ教会が見えてきました
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旧市街の中心、市庁舎広場に来ました
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 まずこの広場に来たのは、上の写真の美しい建物の左手に、観光案内所があるからなんです。最近は、グーグルマップやネット情報のおかげで、知らない町に行って、観光案内所に行くことも減りました。でもタリンも、リガも町の中心の便利なところにあったので、まず行ってみることにしました。

そこで見たのがこの手書きの看板!いいと思いませんか?
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よく見ると、左下に「GUIDED WALKING TOURS」の案内があったのです
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 ここに着いたとき、10時を少し過ぎていたのですが、11時からのツアーはQRコードで簡単に申し込むことができました。「Starting from the Cat House」とあったので、少し周りを歩いてから、そのCat Houseへ行きました。

 屋根の上に反対側を向いた2匹の猫がいます。ここは裕福なラトビア人商人の家で、ある理由があって、猫を屋根に取りつけたそうです。

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 その商人は十分な資格があったのに、ラトビア人だからという理由で、ドイツ人が支配的なギルドの加入を拒否されました。怒った彼は、ギルドにお尻を向けた猫を屋根に取りつけ、「あなた方はギルドの規則を守っていない。私のネコに規則はないのだから、どっちを向こうが関係ない」と言ったそうです。

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 まだ続きがあるんです。その後大ギルドの会館がコンサートホールに変わり、猫は音楽に誘われて向きを変えたそうです。

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 写真を撮っていると、ガイドさんが来てくれました。11時スタートのグループは10人くらいだったと思います。とてもよく通る声で、てきぱき案内してくれました。

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 ツアー本番は、また次回に・・・。


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