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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

エストニア

「飛行艇埠頭」という海洋博物館はすごかったです

 久しぶりに夏のバルト3国に戻ってきました。もうエストニアのタリンから脱出したと思っていたのに、もう1か所書いていないところがあるのに気づきました。ずいぶん前にピョートル大帝の造った宮殿について書きましたが、その日の午後にこの博物館に向かったのでした。

 地球の歩き方には「飛行艇埠頭」(Lennusadam)とあったのですが、海洋博物館というか船舶博物館と言ったほうがわかりやすいと思います。ここもタリンカードで入場料は無料でした。

 かつての飛行艇格納庫を改装した博物館で、エストニアの歴史的船舶の実物が展示されています。

これ、何かわかりますか?
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 とにかく大きいので、全景を撮ろうとしたら、暗い画面になってしまいました。格納庫だけに、とにかく敷地がただっ広いのです。

 中に入ることができます。これでおわかりでしょうか。これはここの展示の中の目玉、エストニア唯一の潜水艦「レンビトゥ」です。

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内部はきれいに保存されています

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ここはキッチンなんですが、置かれていた鍋はかなり使い込んだ感じです

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トイレに便座はありませんでしたが、元々なかったのかどうか・・・

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このラッパのようなものが、館内放送システムでしょうか

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これは甲板(と呼んでいいのかな)の上に備え付けの銃です
大人も子どももうれしそうに構えていました


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これは横に展示していた小さな潜水艦(?)

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私には映画のセットのように見えました

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普通の帆船も展示されています

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 ここは本当に親子連れが多かったです。もうホリデーシーズンなので、学校もお休み。みんな楽しそうに動き回っていました。でもこういうところは、一人で来ると、ちょっと寂しいです。はしゃぐわけにもいかないし・・・(内心、ワーとかキャーとか言いたかったんですよね。

 かなり広く歩くだけで少し疲れたので、館内のカフェで一休みしました。ちょっとブルーの光に照らされた潜水艦を眺めながらのコーヒーも美味しかったです。

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 これで終わりじゃないんです。外に出て埠頭まで行くと、砕氷船「スール・トゥ」と数隻の船が係留されていて、これも中に入れるのです。

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 船ってあまり乗る機会が少なくありませんか?大阪で生まれ育つと、小さな船に乗る機会もほとんどありませんでした。しかも子どものころは、車酔いもする質だったので、小学校6年生のころに神戸港へ行った遠足で船に乗り、船酔いした記憶があります。

 でも船旅はやはりあこがれもあります。タイタニックのような豪華客船に乗る機会は一生ないでしょうが、大阪から九州や釜山へはフェリーで渡ったことがあります。大人になって船酔いもマシになりました。


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こんな船内って、少し憧れます

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ここは一般の船員室

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こちらはもう少し上の階級の船員でしょうね

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船のコックさんってたいへんでしょうね
限られた材料でいろいろなものを作らなければならないし
新たに欲しい材料があっても、絶対手に入らないし

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実際海に出て、一番上から遠くを見渡したいです

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 ちょっぴり海のロマンにひたってから、宿に戻りました。これで本当にエストニアの旅行記は終わりです。

 
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疲れ気味の美術館見学 クム美術館

 真冬に夏の旅行のことを書くのは、なんだか不思議な気持ちですが、日本の夏に比べると、バルト3国の夏は天国でした。宮殿があるところは広大な敷地の公園で、奥には美術館がありました。でも歩いていても本当に気持ちがよかったです。

こんな素敵な道を歩いていくと・・・
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クム美術館に着きました
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 ここは2006年にオープンした現代的な美術館で、曲線を活かした斬新な建物デザインそのものが1つのアート作品として注目を集めているそうです。愛称の「KUMU」は、エストニア語の「芸術」と「美術館」を組み合わせた言葉で、「反響」という意味も持つ言葉だとか。

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 7階建ての館内には、18世紀から現代までのエストニアの芸術作品が時代順に展示され、特にバルトドイツの絵画やソビエト時代の作品がたくさんあります。若手アーティストの作品展示も多く、2008年にはヨーロッパ博物館賞を受賞しました。

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 でも現代アートというは、私には理解が難しいんです。だんだん疲れてきました。

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 大人になってヨーロッパで本物の絵画を見て、初めて美術に目覚めた私ですが、小中学校時代の「図工」とか「美術」の成績は、まじめなだけでお情けでつけてもらった3(私の時代は5段階評価でした)しか取ったことがありません。特に立体感、色彩感覚がイマイチで、本当に美術には向いていません。

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 ただ、見るのは好きになったので、時々絵画展に行くようになりました。ただやはり現代美術は理解不能のままです。

 ということでこのクム美術館も、あまりじっくり見ることもなく出てきて、タリンカードでバスと市電を乗り継いで、次の目的地へ向かいました。こんなのどかな風景の中、市電が走っていきます。


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 お腹が空いたので、歩いていて見つけたカフェで食べたのは、ケバブです。フランクフルトでも1度食べたので、この旅行中すでに2回目。大好きなんです。

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 お腹が満足したので、元気も出ました。次の目的地は「海洋博物館」なんですが、ここが少し市内から離れていて、バスや市電も行きづらく、かなり歩きました。でもタリンは旧市街以外、人も車も少なく、暑くもなく、気持のいい散歩になりました。

中を通っていいのかわかりませんが
旧市街を出たところにあったアパート群
ちょっとおしゃれですよね!
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ピョートル大帝がエカテリーナ妃のために作った宮殿と公園

 世界一周のメインだったバルト3国は8月始めでした。もう半年前になり、まだそのブログを書き終えていないのが情けないですが、何とか最後まで頑張りたいものです。ただ、来週にはまたバンコクなので、今週はいろいろとやることが多く、毎日書くのは無理のようです。せめて隔日で書きたいとは思うのですが・・・。 

 さて、タリン旧市街をタリンカードを使って十分観光した後、利用2日目は、バスや市電に乗って郊外へ向かいました。目指すはカドリオルク公園で、ここには宮殿や美術館があります。大北方戦争(1700-1721年)後、バルト地域を手に入れたロシアのピョートル大帝が、妃のエカテリーナのために作った公園と離宮だそうです。

 エカテリーナという名前はもちろん歴史で勉強した記憶はありましたが、私が覚えていて歴史的に有名なのはエカテリーナ2世で、こちらは1世でした。地元の人々がエカテリーナに対するエストニア女性の名前を使って「カドリの谷(カドリオルク)」と呼んだそうなので、エストニアの人々にも受け入れられていたのでしょうか。

この日はいいお天気で、公園の中を歩くと少し暑かったです 
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宮殿の後ろの庭園
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残念ながら逆光ですが、とても手入れされた美しい建物でした
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 メインホールの天井に素晴らしい絵がありました

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 エカテリーナ1世について少し調べてみました。彼女は、生まれもはっきりしておらず、孤児で牧師の家で育てられ、洗濯婦として働いていたそうです。ピョートル大帝がスェーデンに勝った「大北方戦争」で捕虜になり、ロシアに連れていかれました。

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 そこからがすごいんです。何人かの主人に買われたあと、ピョートル大帝の右腕とされるメーンシコフという人が彼女に興味を持ち、召使として連れて帰りました。それがたまたまピョートル大帝の目に止まり、献上されたのです。

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ピョートル大帝
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 ピョートル大帝は、かなり気性の激しい人で、反乱に参加した兵士を自ら処刑しています。でもエカテリーナはそんなピョートル大帝を恐れず、いつもなだめていたそうです。

 彼女の肖像画があったのか、私が撮り忘れたのかありません。でもネットで見た彼女は、とてもふっくらした、ちょっといかつい顔の女性でした。美人の分類には入りにくいと思います。でもピョートル大帝は彼女を皇后までにし、愛したそうです。


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 そして庶民出身でロシア語も話せなかったエカテリーナは、ピョートル大帝の死後、2年間、ピョートル大帝の改革を続行し、国を治めました。

 彼女の直系の子孫は、ピョートル3世、エカテリーナ2世、そして帝政が廃止されたニコライ2世まで続きます。孤児だった彼女が女帝まで上り詰めたのは、豊臣秀吉なみですよね。ロシアだけでなく、ヨーロッパの国々には、歴史に名を残した女王や女帝が多くいます。なのに、日本で女性天皇が認められていないのは、あまりにも男性優位で時代錯誤だと思います。天皇家の第一子相続でいいと思うのですが。

 初の女性首相になった高市さんが、自分が女性であることをPRや武器に使っていることもあるのに、女性天皇に否定的な意見しか言わないのはなんでしょうね。


 
 
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世界遺産タリン旧市街④

 タリンカードを使いまくった一日も、ようやく夕方になりました。2日間有効なので、この日は旧市街を徹底的に回ろうと思っていました。観光局でもらったこの地図の右上、東側からスタートして、南に降りて、真ん中に入り、左下、西南へ進みました。赤い丸で囲んだところが一日で回った場所です。

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大聖堂(トームキリク)
1219年に建設されたエストニアで最古の教会
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中に入ったはずなんですが、写真が一枚もない
きっともう疲れていたんだと思います


キーク・イン・デ・キョク
この名前は低地ドイツ語で「台所をのぞけ」という意味らしいです

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写真はタリン観光局のページから拝借しました

四角い塔はネイツィルトンという名前です
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 建物全体が博物館になってます
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「台所をのぞけ」なので、内部の台所の様子の写真を
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 ここで一番おもしろかったのが、17世紀スウェーデン時代に造られたという地下道でした。これまで、上に登ってばかり(塔に登るということです)だったので、地下に向かうのは新鮮でした。

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 ここは要塞通路として作られたようです。兵士、弾薬、その他の装備を敵から隠し、敵の攻撃から守り、隠し通路は重要な偵察と防御の機能がありました。現在も400mの通路が残っています。

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 この地下通路に、1990年代初頭からホームレスの人々が住みつき、改修工事の始まった2005年に最後のホームレスが去ったそうです。

はっきり覚えていないのですが
確かここがトイレとして使われたような・・・
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建築当時のまま残っているところもあります
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 歩き回った観光の一日でしたが、最後に旧市街を少し出たところにあるビュッフェレストランに行きました。ショッピングモールの中にあり、とてもにぎわっていました。

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値段もお手頃で、これだけで9ユーロ(約1600円)
メインは魚のフライです

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 ようやく世界遺産の街の観光を終えました。2日目は旧市街から少し郊外へ向かいます。

 
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世界遺産タリン旧市街③

 バルト3国について十分な知識もなく、歴史的背景についてもまったく勉強せずに旅行を決めた私だったので、実際訪れてみて、旧ソ連時代の暗黒の歴史があったことを知りました。旧ソ連から独立した国々は、今もロシアと友好関係を保っている国もありますが、バルト3国では、「旧ソ連国家」という表現は禁止されています。
 
 「TBS NEWS」が2022年2月24日、「 旧ソ連のバルト三国共同声明 “ロシアをスウィフトから排除”呼びかけ」という内容のツイートを発信したとき、在日エストニア大使館の公式ツイッターアカウント「Estonia in japan」は、「TBSさん、またですか!?いいかげんに、その呼び方はやめていただきたい」と強く抗議されたそうです。(ウィキペディアより)

 私も、このタリンで訪れた「KGB拘置監房跡(KGB Vangikongid)」で、ソ連が行ったエストニア人への迫害を知りました。1941年から、KGBは「人民の敵」とされた市民を捕らえ、厳しい尋問の後に、収容所や処刑場に送りました。監獄として使われた建物は、20世紀初頭のアールヌーボー様式の美しい建物ですが、内部は悲惨な歴史が残っていました。

壁には、犠牲になった人々のプロフィールなどが掲示されていました
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生存者たちの証言がビデオで流されています
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独房 広い部分で1m
座って眠ることしかできなかったようです
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 この後、エストニア、リトアニアと行きましたが、やはりKGBの負の遺産がありました。日本人にはあまり知られていない歴史で、とても考えさせられました。

通りの間から見えたのは聖霊教会
当時ここだけは、貧しい人々のための教会でした
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 次に向かったのは13世紀前半に建てられた聖ニコラス(ニグリステ)教会です。1944年のソ連の空襲で破壊され、オリジナルの内装は残っていないそうです。現在ここは、博物館とパイプオルガンのコンサートホールとして使われています。

博物館なので見ごたえのある彫刻や絵がたくさんあります
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 ここにも4階(50m)の高さまでエレベーターで上がって、旧市街を眺められる塔がありました。先に登ったんですが、なぜか写真がありません。まあ高いところもすでに2回登ったので、少し見飽きたというか・・・。

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確かこれだけが塔の上から取った
アレクサンドル・ネフスキー聖堂
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ここの目玉はこの「死のダンス」
リューベックの画家、彫刻家のベルント・ノトケの15世紀後半の作品

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皇女がいやいやながら「死」とダンスを踊る様子
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この中心は皇帝
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こちらは教皇
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 元々は社会のあらゆる階層の人々と「死」が50以上描かれていたそうですが、残っているのは、その最初の部分のみです。戦乱と疫病の時代だった中世には、こんな「死のダンス」のモチーフがよく見られたそうです。

15世紀にヘルメン・ローテという人に描かれた木製の主祭壇
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 左側が船乗りや貧しい人を救う聖ニコラスの生涯、右側が異教の偶像を破壊し、殉職した聖ヴィクトルの生涯が描かれています。いつもこの形で展示されていますが、実はもう一面あり、開かれることはほとんどないそうです。

まだまだあります
でももう詳しい説明も写真に撮っていないのでわかりません

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土日には、このパイプオルガンを使ったコンサートが開かれます
この日は金曜日だったので、残念でした
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 まだ一日が終わりません。だらだら続きますが、あと1回で旧市街は終わると思います。
 
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世界遺産タリン旧市街②

 タリンには13世紀前半に木造の城壁が作られ、14世紀から16世紀にかけて増強や塔の増築が繰り返され、2.5㎞の城壁がありました。そのうちの約1.85㎞が現存し、一部だけ城壁を歩くことができます。
 
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城壁から見た街並み
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一部、部屋のようになっているところもありました
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旧市街の東にあるヴィル門
ここを出ると新市街に入っていきます

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旧市街の中心地ラエコヤ広場
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その広場に面したカフェで軽いランチを取りました
チップ込みで€14でした
ここはカナダと違って、チップは10%でいいそうです

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Traditional Estonian Pork Dumplings €9.9
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 食後は、北ヨーロッパに唯一残るゴシック様式の市庁舎へ行きましたが、外観の写真を撮るのを忘れて、まず塔に登りました。

最後、かなり急なんです
まるでロッククライミングかと思うほど・・・
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タリンはどこから見ても美しいです
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今も使われているかどうか、書いていませんでした
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 あらためて旧市庁舎に入りました。この部屋の柱はハンザ同盟(青と黄)富と力(緑と赤)を象徴していて、「市民の間」と呼ばれています。今も、政府のレセプションに使われています。

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 壁にかかっているのは、ソロモン王の伝説をテーマにした15世紀のタぺストリーの複製だそうです。

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14世紀の長椅子の木彫りが素晴らしいです
これはライオンにつかみかかるサムソン

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反対側はトリスタンとイゾルデ
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15世紀の椅子にはダビデとゴリアテの戦い
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上はサムソンの髪を切るデリラ
下はフィリスの馬になるアリストテレス

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 ただ説明を読んでも、聖書にもギリシャ神話にもそれほど詳しくないので、名前を聞いたことがあるとしか言えません('A`|||)

ここは「議会の間」でした
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事務室
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 これは有名なタリンのシンボル「トーマスおじさん(Vana Toomau)」で、今もそのコピーが塔のてっぺんに設置されています。この市庁舎に飾られているのが、初代だそうです。

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 「タリンカード」のせいで(いえ、おかげで)、まだタリン旧市街の観光が続きます。あの時も夕方にはぐったりでしたが、ブログを書くのもアップアップです。


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世界遺産タリン旧市街①

 地球の歩き方をあてにしないという人も多いようですが、創刊時から愛読している私は、やはり今回もデジタル版で買ってしまいました。

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 タリンの見どころトップ10というリストがあったので、とにかくそこはすべて行こうと、まずトップ1の聖オレフ教会に行くことにしました。前日買ったタリンカードを使って、Airbnbのアパートのすぐ近くからバスに乗りました。

 旧市街に入り、教会へ行く途中にこのかわいい建物を見つけました。これは「三人姉妹」と呼ばれている15世紀に建てられた商家です。当時の家はすべてハンザ同盟リューベックの法律で、建物の正面は必ず道路に面しているそうです。

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 そしてこちらは「三人兄弟」。たしかに姉妹の方が優雅な感じで、こちらの兄弟は少しどっしりした印象を受けました。

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 そして聖オレフ教会に着いたのですが、教会内部に入るより、高いところが好きな私は先に塔に登りました。

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60mの高さで、こんな感じで286段を登っていきます
15世紀には159mもあって、世界一の高さと言われていたそうです

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 タリンで一番高い場所から眺めた旧市街

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 タリンは港に面していて、フィンランドのヘルシンキまでフェリーが出ています。2~3時間なので、フィンランドから来る観光客も多いようです。

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 「聖オレフ教会」は、13世紀に建てられたという記録が残っていて、15世紀に改築が行われ、その後も雷で焼け落ち、1840年にほぼ現在の姿に修復されました。オレフは、この建設に関わった伝説の巨人の名前です。

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ヨーロッパの教会はパイプオルガンがあるので、それを見るのが楽しみです

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 巨人オレフは、塔に最後の十字架をつけようとしたとき、下から「十字架が曲がっているぞ」と言われ、よろめいて落下しました。オレフの身体は、地面に打ち受けられ、1匹のヒキガエルと1匹のヘビが口から飛び出し、体は石に変わってしまいました。

教会の外壁にあるオレフの石像
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旧市街にはこんなかわいい観光バスも走っていました
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次に向かったのが「ふとっちょマルガレータ」
たしかに「のっぽのヘルマン」より低くて太いです

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 これは1529年に建てられた直径24m、壁の厚さが4.7mもある砲塔で、その後、倉庫や兵舎、監獄として使われました。監獄時代に囚人のお世話をしていた女性の名前がマルガレータで、その名前が愛称として使われていると言われているようです。現在は、海洋博物館になっています。

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 説明を読んで、ぎょっとしました。この頭巾は、人の髪の毛で編まれたものです。カナダでも髪の毛を使った装飾品がありましたが、昔の人は、人の髪の毛を使うことに抵抗はなかったのでしょうか。

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 アウシュビッツでもユダヤ人は丸刈りにされ、その髪の毛は衣服の材料になったと聞いたことがあります。私はかつらでも、人毛はちょっと・・・と思います。


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