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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

リトアニア

カウナス街歩き

 カウナスはリトアニアの第2の都市で、14世紀から歴史に残っています。15世紀半ばにハンザ同盟の代表部が置かれて、商業の中心となりました。両対戦間の22年間、首都ヴィリニュスがポーランドに占領されたため、ここがリトアニアの首都でした。そのため、杉原千畝もここの日本領事館で働いていたのです。

 旧市街には古いゴシック建築が残り、新市街は並木道が貫いて、カフェやお店が立ち並んでいました。日帰りで訪れましたが、やはり一泊して、のんびりカフェに入ったり、その並木道を歩きたかったです。

 カウナス城から旧市街、新市街と歩いて、昼食を取り、駅に一番近い杉原博物館へ行き、コーヒーを飲んでから電車でヴィリニュスへ戻りました。カウナス城まではバスに乗りましたが、帰りは4kmほどをずっと歩きました。

聖ペテロ&パウロ大聖堂
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 外観の写真を撮り忘れたのですが、美しい赤レンガでできたリトアニア最大のゴシック様式の教会で、15世紀に建設されました。壁一面にフレスコ画や彫刻が飾られています。

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ここのパイプオルガンも本当に美しく
その調べをきいてみたかったです

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教会の外壁に、有名な詩人で教会の神父であった
マイロニスの墓がありました
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でもここにお墓というのが、ちょっと違和感を感じるのですが・・・

ベルク―ナスの家
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 15世紀に建てられたゴシック様式の傑作と言われています。ペルク―ナスは「雷神」の意味で、かつでここにその神殿があったそうです。そして19世紀の改修で、その像が見つかったそうですが、今はそれも紛失したとか。

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旧市街は、こんな落ち着いた町並みでした
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ヴィタウタス大公像
15世紀始めにリトアニアの最盛期を築いた大公

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 足元には支配下においたロシア、ポーランド、タタールの兵士と折れた剣を持ったドイツ騎士がいます。その国の人達は、今これを見てなんと思うんでしょうね。

町中で見かけた不思議な彫刻
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聖ミカエル教会
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ランチはリトアニア料理をたべようと
地元で人気というベルネリュ・ウジェイガへ

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アルコールではないと聞いて頼んだホームメイドアップルサイダー
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リトアニアの名物ビーツの温かいスープ
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チキンだったと思うのですが、もう忘れてしまいました
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 これだけ頼んで15.8ユーロだったので、コスパはよく、美味しかったです。でもやはり量が多目で、一人だと持て余しました。それに他に美味しそうな料理もたくさんあったので、4人くらいで来て、分け合って食べられたらいいのにと思いました。

 カウナスは、歩いて回れるほどの町で、とてもいい雰囲気でした。ちょっと雨が降ったので、最後はカフェに入りましたが、もっとゆっくり15世紀の建物を見たかったです。

 杉原博物館で出会った日本人夫婦と駅で会い、少し話しました。リトアニアではここしか日本人を見かけなかったので、やはり杉原千畝の功績を辿って日本人旅行者が来るのだと実感しました。

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カウナス城

 孫との生活は時間との闘いです。今週から仕事もフルに再開したので、アップアップしながら、新生児ってこんなに大変だったのかと35年も前の記憶を辿っています。

 リトアニアの旅行記がまだ残っているので、なんとか書いていこうと思います。でも今日はたいして中身のない内容になり、すみません。

 先に杉原千畝博物館について書きましたが、カウナスの町はそれほど大きくないので、朝駅に着いて、そこからバスで一番遠いカウナス城に向かいました。

 ここは13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために造られたお城だそうです。カウナスの町を流れるネムナス川が、ちょうどリトアニアと騎士団の国境となっていたために、何度もここで戦闘が行われました。1363年に占領されて破壊されたものの、15世紀にヴィタウタス大公の時代に再建されました。

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 1階から4階と地下1階があり、入口のある1階に一般的な説明がありました。入場料は4ユーロです。

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まず地下1階におりていきました

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ここは18世紀には監獄として使われていました
その当時の拷問道具です

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3階が展示室です
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4階からは周りの景色を堪能できます
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これは市庁舎だそうです
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この右側は聖ゲルギオ教会
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ヴィタウタス大公像
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ここはカウナスの大きな文字があり
私もここで自撮りをしました
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 ここから市内を歩いて、昼食後、杉原千畝博物館へ行きました。


ついに最大目的地へ、杉原聖地巡り②


 杉原記念館は、1939年11月から1940年8月までリトアニアの日本領事館として実際に使われていた建物になります。当時まさにこの場所で杉原千畝は、日本政府の明確な許可を得ることなく、ソ連の弾圧や迫りくるナチスの迫害から逃れる人々に日本への経由ビザを発給する決断をしました。
 その結果、彼は2,000枚以上のビザを発給し、多くの人々の命を救いました。この偉業を称え、非営利の民間団体である杉原基金は、1999年にこの地に杉原記念館を設立しました。
sugiharahouse.comより

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 十数年前から訪れたかったこの家を見て、思っていたよりはるかに小さいことに驚きました。特に、残っている門と玄関までの距離が短く、リビングルームに使われていた部屋の窓もすぐそこにあるのです。

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 この下の写真が私が授業で使った副読本の表紙にも載っていたものでした。中央に写っている白い柱が、上の写真の「希望の門」です。これはドキュメンタリービデオの一場面をスマホで撮ったのですが、元々この写真は、杉原一家と同行していた夫人の妹さんが撮ったそうです。

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 その副読本の元になったのが、杉原幸子「六千人の命のビザ」1993でした。博物館に入ってすぐの部屋で、日本語字幕のあるドキュメンタリーを見ることができます。このビデオを見るのは2ユーロで、博物館の入場料は10ユーロでした。

 そうそう、この博物館に入るには、入口のところに置いてあるシューズカバーをつけなくてはなりません。

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 ここは1階(と言っても、半地下のようなつくりです)にある杉原千畝の事務室です。ビザ発給のスタンプや発給者リストがおいてありました。

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 一人に対し、これだけの文章を書かなければならないのは大変だったでしょう。それを2000人以上に発給し続けた杉原千畝の苦しさが、ドラマや映画の中に詳しく描かれていたのを思い出しました。

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 リストはリトアニア人の書記官の方が、タイプで作成されたようです。(でも、ここにあるのはレプリカだと思います)

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杉原夫妻には3人の男の子がいましたが、3男の方は幼くして亡くなっています

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2階の居間には、夫人の幸子さんが愛用されたピアノが残っています

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 居間の窓には、あの写真が刷り込まれていました。1941年7月18日の早朝、杉原千畝がこの部屋から見た光景が、100人以上の人が建物の周りにいる姿だったのです。この窓から門までは数歩の距離なので、たくさんの人に囲まれたら、恐怖を感じるのではないかと思いました。

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 彼らはポーランドから逃れてきたユダヤ人で、杉原氏は代表と話をすると告げ、その代表たちの話を熱心に聞きました。そして悩んだ末、日本の外務省に電報を打つと、2日後帰ってきた返事は以下のものでした。

 「日本は法律によって非日本人の外国人ビザを発給する。申込者の背景、思想、渡航目的をチェックして、疑わしいことがなかったら、入国ビザや渡航ビザを発行してよい。それ以外はいかなるビザも発行してはいけない。」

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 7月29日朝、杉原はユダヤ人を一人一人呼び入れ、事情を確認し、それを手書きでビザに書き込みました。初日だけで121家族のビザを発行し、それからほとんど1ヶ月間ビザを書き続けました。

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 8月27日に外務省からの電報で、カウナスの日本領事館を閉め、ドイツ大使館に転任するよう指示されました。翌日メトロポリスホテルに移動すると、すでにユダヤ人たちがロビーに列を作っていました。それは杉原自身が、領事の行き先はメトロポリスホテルだと、掲示したためでした。

 1週間、ビザを書き続け、9月4日の朝、杉原一家はカウナス駅に向かいました。プラットホームにも多くのユダヤ人がついてきて、席についても杉原はビザを書き続け、窓から手渡したそうです。

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 1947年に日本に戻った杉原を、外務省はクビにしました。そして「ユダヤ人からお金をもらった」というデマも広がり、外務省は杉原の功績を認めませんでしたが、彼の死後14年経った2000年に、ようやく杉原千畝に対して、政府と外務省も謝罪し、彼の功績を称えるプレートを、外務省に設置しました。

 10数年前に始めた私の杉原千畝を巡る旅も、ようやく終わりました。今、手元に残しているドラマ版「命のビザ」をもう1度見てみようと思います。

お土産に買ったポストカード
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電車でヴィルニュスからカウナスへ、杉原聖地めぐり①


 ヴィルニュスの3日目は、いよいよこの旅行の最大の目的地であるカウナスへ向かいました。そう「杉原記念館」のあるカウナスです。最初はカウナスで一泊することも考えましたが、電車で1時間ほどの距離だったので、日帰りにしました。
 
ヴィリニュス駅
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 インフォーメーションで「カウナスへの切符を買いたい」と言うと、このキオスクの機械で買えと言われました。英語もあるので、使い方はとても簡単でした。

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 時間で選ぶと、行きは8時10発の2等車、帰りは16時27分発の1等車になりました。でも値段は3ユーロ弱しか違わないんです。

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 ホールにはこんなVIP loungeがありました。どの切符で入れるんでしょうか。でも3ユーロ違いの1等切符で入れるとは思えません。

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ホームへ向かいます。飛行場マークがあったので、電車でも行けるということですね。

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こんなカッコいい電車でした
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2等車でもこんなにゆったりしています
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 1時間ちょっとの旅でカウナス駅に着きました。さあここで、目指すべきものが・・・。写真の左下です。

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杉原千畝のプレートです
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 以前にも書きましたが、私が杉原千畝のことを知ったのは、英語の副教材でした。それをきっかけに杉原千畝について調べ、彼の出身地の岐阜県八百津町にある人道の丘と杉原千畝記念館に行きました。そしてちょうどその頃に作られたテレビドラマを授業の教材に使い、2015年に公開された映画も見ました。

 そのドラマと映画でとても印象的だったのが、このホームです。ここに何百人もユダヤ人が詰めかけ、杉原千畝は最後の最後までビザを書き続けました。

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 「杉原記念館」へ行く前に、もう1ヵ所行きたい場所がありました。日本政府から領事館を閉鎖しろと命令され、領事館を出て、最後に数日間滞在した「メトロポリスホテル」です。ここでもずっとビザを書き続けました。

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折り鶴が舞うようなデザインの杉原千畝のモニュメント
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ホテルの壁に埋められたプレート
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 実は正面から少し覗いても中の様子もわからず、人の気配もありません。でもホテルの周りをぐるりと歩いてみると、裏口のドアが開いていました。そこで意を決して突入。

 すぐに小さなロビーがあり、杉原千畝に関連するものが飾られていました。後で調べてみると、今ここは、それほど高いホテルではなく、シングルだと1万円ほどで泊まれそうです。そして宿帳が残っていないために、杉原が泊まった部屋はわからないそうです。

左は杉原直筆のメッセージ
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 写真を撮っている間、ロビーには誰も来ませんでした。ホテルの人が来たら、「日本人です」と説明して、勝手に入ったことをお詫びしようと思ったのですが、その機会はなく、また裏口から出ていきました。


ビリニュスのKGB博物館

 ラトビアの旧KGB本部で衝撃を受けた私は、リトアニアのKGB博物館にも行かなくてはと思っていました。ここは、旧市街の中心から1.5kmほど離れたところにあり、直通のバスもないので、歩いていきました。

 ビリニュスの旧KGB本部も民間業者によってKGB博物館(ジェノサイド犠牲者の博物館)として公開されています。正式名は「占領と解放闘争の博物館」というそうです。1944年から1991年までソ連の国家警察、秘密諜報機関KGBが行った盗聴や監禁の様子、拷問、処刑などに使われた部屋が保存、再現されていて、当時のKGBの所業を目の当たりにすることができます。

 ラトビア、リガの旧KGB本部は、予約制でツアーじゃないと入れなかったのですが、ここは開館時間であれば、いつでも見学できます。大人6ユーロの入館料でした。

外観はビリニュスの風景に融けこむような建物でした
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入口でもらったパンフレットです
地下1階、地上3階建てで、見学できるところは限られています

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KGBのオフィス
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奥のパイプのベンチのようなものがベッドですが、
横幅がとても狭いです

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本当に狭い独房
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シャワー室
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トイレ
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中庭も本当に狭い空間でした

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処刑された人たちの写真が残っていました

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この絵は囚人によって描かれたものだそうです

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ここから地下へ向かいます
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処刑場のあとです

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処刑までの様子を描いたビデオが流されていました

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  ここでは1000人以上の収容者たちが処刑されたそうです。処刑当日、リトアニア人たちは有無も言わさず次々と銃殺され、遺体は小さな窓から外へと運ばれ、ビリニュス郊外の集団墓地へ埋葬されていました。

モニターの横に、銃弾跡が残っています
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 リトアニアは第2次世界対戦時にはナチスから、戦後はソ連の支配下で、多くの人が殺されました。ヴィリニュスの前に立ち寄った十字架の丘は、そんなリトアニアの人たちが平和的な抵抗の象徴として十字架を建て続けた場所です。

 私は高校時代、「世界史」が大好きで、大国以外の国の歴史にも惹かれました。教科書以外にも、参考書や資料集を読みあさったのですが、バルト三国に関する記憶がありません。1991年の独立のときには、もう長女が産まれていて、東ヨーロッパで平和を求める闘いが行われていたことも知りませんでした。

 もちろん今ほど情報化社会でなかったのは事実ですが、もっと目を向けるべきだったなと思います。「ベルリンの壁」崩壊は大きなニュースで、実際、崩壊前のベルリンの壁を訪れたこともあり、そのニュースは必死で見た記憶があります。でもその後の旧ソ連の国々について、あまり知ろうとしなかったのです。

 ふと今の高校の世界史の教科書には、バルト三国のことは載っているのだろうかと気になりました。ただそれよりも、今の若い人には、世界情勢を客観的に見つめる力を養ってほしいと思います。



リトアニアの中にもう一つの国が!?

 ヴィルニュスの旧市街の川を挟んで向かい側に、「ウジュピス共和国」という「国」があり、その国には39か条の憲法があります。初めて知ったときは、「一体どういうこと?」と思ったのですが、実際行って、その憲法を読んだ時、そのユニークな発想に感動しました。

この赤線で囲まれたところがウジュピス共和国
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東西の長さが1.5kmほどしかありません

 この看板が「ウジュピス共和国」のようです。看板にあるマークが、「青いスマイル」と「モナリザ風」なのが、面白いです。

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 これも「ウジュピスのブランコ」とGoogleにも載っています。子どもだから抱きかかえられてブランコに行ってますが、大人だと水の中を歩かなきゃならないんですよね。

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 ウジュピスは「川向う」という意味で、15世紀頃からおもに労働者や職人などが住み、16世紀に橋が架けられるまで旧市街からは隔離され、治安も悪く、少し差別された貧しい人たちが住んでいたようです。でもソ連時代の後期から、芸術家や学生、若者が住みだして、「ヴィリニュスのモンマルトル」と言われるようになったとか。家賃も安かったため、ボヘミアン的なアートギャラリーやカフェが増えて、1997年に芸術共和国の独立宣言をしたそうです。
 
町に入ってすぐの広場にある「ウジュピスの天使」
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パウピオ通りに約40カ国に翻訳されたウジュピス憲法のプレートがあります

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タイ語もありました
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 ちょっと長くなりますが、憲法の日本語訳を載せておきます。

1.  誰にもヴィルネーレ川のほとりに住む権利があり、そしてヴィルネーレ川には皆のそばを流れる権利がある。
2.  誰にもお湯と冬には暖房と瓦の屋根を有する権利がある。
3.  誰にも死を選ぶ権利があるが、決して義務ではない。
4.  誰にも間違いを犯す権利がある。
5.  誰にも自分らしくいる権利がある。
6.  誰にも人を愛する権利がある。
7.  誰にも愛されない権利があるが、これは必須ではない。
8.  誰にも平凡に生き、知られない権利がある。
9.  誰にも怠けて何もしなくてもいい権利がある。
10.  誰にも猫を愛し、世話をする権利がある。
11.  誰にも、犬か人間のどちらかが死ぬまで、犬の世話をする権利がある。
12.  犬には犬である権利がある。
13.  猫には飼い主を愛する義務はないが、必要とされたら飼い主を助けなければいけない。
14.  誰にも時には義務に無自覚でいていい権利がある。
15.  誰にも何かを疑う権利があるが、これも義務ではない。
16.  誰にも幸せになる権利がある。
17.  誰にも幸せにならない権利がある。
18.  誰にも口にしない権利がある。
19.  誰にも信念を持つ権利がある。
20.  誰にも暴力をふるう権利はない。
21.  誰にも人間の小ささと大きさを分かる権利がある。
22.  誰にも永遠を侵害する権利はない。
23.  誰にも分かる権利がある。
24.  誰にも何も理解しない権利がある。
25.  誰にもどの民族でいる権利がある。
26.  誰にも誕生日を祝う権利または、祝わない権利がある。
27.  誰もが自分の名前を覚える義務がある。
28.  誰でも持っているものを分け合うことができる。
29.  持っていないものは分け合わなくていい。
30.  誰にも親兄弟を持つ権利がある。
31.  誰にも自由でいる権利がある。
32.  誰もが自身の自由に責任を持つべきである。
33.  誰にも泣く権利がある。
34.  誰にも誤解される権利がある。
35.  誰にも他人に罪を着せる権利はない。
36.  誰にも個人として生きる権利がある。
37.  誰にも権利を持たない権利がある。
38.  誰にも恐れないでいる権利がある。
39.  勝つな。
40.  やり返すな。
41.  でも降参するな。

 これを読みながら、本当に納得できることばかりだなと感心しました。英語と日本語をじっくり読んで、タイ語も読みましたが、うまく訳されているなと思いました。

芸術の町らしく不思議なものもありました
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これは「ウジュピスの猫」と言われています
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たぶん普通のアパートの柵の上にあったんですよね

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確かに素敵な建物が多くて、人気が出たのもうなづけます

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 4月1日が建国記念日だそうで、その日だけ橋のところにイミグレが作られ、パスポートがないと入れないそうです。

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 ウジュピスの女神に挨拶をして、橋のところに戻りました。ここもたくさんの鍵がありました。この川も昔はきれいだったそうですが、今は、裸足で入るのは躊躇するほど、きれいじゃなさそうです。

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 狭い「国」で見どころも少ないので、カフェに入らなければ、1時間もかかりませんでした。憲法のところには、ちょうど小学生の団体が、遠足なのか、先生から説明を受けていました。その内容は
、とても考えさせられる内容だったので、子どもたちにもいい教材になるだろうなあと思いました。

 

教会の中にあるレストラン「ピルマス・ブリーナス」

 ヴィルニュスで行きたかったのは、あるレストランです。教会の中にあるというだけでも珍しいのに、そのレストランでは、障がいのある方を多く雇用されているというのです。

 その教会は「聖母マリア教会」といいますが、ガイドブックに出てくるような教会ではありません。18世紀後期にバロック様式で建てられ、ソ連時代には取り壊しの危機に瀕しましたが、野菜倉庫として利用されて残りました。2018年から、3階の聖母マリア礼拝堂が信徒に解放されています。

 外側から見ただけでは、この中にレストランがあるとは想像できません。でもこの1階に社会貢献型レストラン「ピルマス・ブリーナス」があるのです。

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 店名の「ブリーナス」というのは、リトアニアのパンケーキで、スイーツ系だけでなくチーズやベーコンを使った食事系もあるとのことだったので、初日のランチはここへ行こうと決めていました。

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 ウエイター、ウエイトレスの方は、皆さんダウン症の方です。テーブルに来られて、注文の仕方を説明してくれます。注文は、テーブルの上にあるアルファベッドとメニュー番号を書いて渡します。

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本日のスープ 4ユーロ
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スモークサーモンのパンケーキ 9.8ユーロ
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今グーグル・マップから最新版メニューを見たら11ユーロに値上がりしていました

 このパンケーキの大きさがおわかりでしょうか。たぶん直径30cmくらいあったんですよね。3/4くらいまでは本当に美味しいと思って食べましたが、最後はやはり満腹過ぎて、美味しさが半減してしまいました。誰か一緒で、2種類のパンケーキだったら、全部美味しく食べられたのかなと思います。

 本当にヨーロッパでもカナダ、アメリカでも、食事の量が多すぎて、私は持て余してしまいます。そんなときは、誰かと一緒の旅のほうがいいなと感じます。

 この教会では、ダウン症に関する教育イベントも行っておられるようです。地球の歩き方にも載っていて、Google Mapでも4.9ポイントをつけているほど、味にも定評があります。サーブする人だけでなく、厨房にもダウン症の人が働いておられるとのこと。教会が母体のためにできることかもしれませんが、こんなところが日本でも広がればいいのにと思います。
 

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