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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

オーストラリア

シドニーからメルボルンへ11泊12日の旅行費用

 オーストラリア編は書き終えたので、いつも通り旅行費用も書いておきます。今回は、体調不良のために、レストランの食事が少なく、しかも観光もそれほどできなかったので、去年のケアンズほどお金は使いませんでした。まあ娘に言わせると、「何しに行ったんやろう」ですが、私はANAの上級会員になるという目標を達成したので、いいかなと思っています。

 今回の決算には、航空運賃は入れられません。なので、現地の宿泊費と使ったお金だけになります。

宿泊費 194,080円(一泊平均が17,700円ほど)
食費 647.23A$ (70,000円)
車のレンタル料 1457.06A$ (157,100円)
ガソリン代 228.08A$ (24,600円)
観光費 213.75A$ (23,100円)
お土産ほか 121.72A$ (13,200円)

宿泊費と現地で使ったお金の合計 482,080円(2人分)

 車のレンタル料が高いのは、今回フルカバーの保険をつけたためです。シドニーからメルボルンまですべて車で移動し、走行距離は約1750㎞でした。

 食費が安いのは、かなり日本から持ち込んだことも理由です。パック入りのご飯を5つ、非常用アルファ米を2つ、高野豆腐とか、混ぜるだけの調味料とか、いろいろ持って行きました。でもそのおかげで、二人とも体調不良になっても、食事に出かける必要がなく助かりました。

 でももしすべて外食していたら、最低でも、毎回50~60ドルはかかります。だから食費は倍近くになると思います。

 旅行中にコロナになるというアクシデントに見舞われましたが、延べ3か月近くを旅行に費やした1年だったので、この程度のことで文句を言えません。何より、無事に大きな病気やケガもなく、世界一周旅行を終えただけでありがたいことでした。

昔オーストラリアで買った「Shelly」というブランドのアンティークカップ
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世界一周航空券最後のビジネスクラス シドニー羽田NH880便

 世界一周航空券の最後のビジネスクラスは、シドニー発羽田行きのNH880便でした。世界一周チケットとしては15フライト目です。

 ANAのビジネスクラスは全部で4回乗りましたが、座席はすべて同じ仕様でした。夜行便ばかりだったので、いつも日の出を見たかったので、全部窓際を選びました。

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 ビジネスポーチは、デザインが違いましたが、中身は羽田からワシントン、羽田からシドニーと同じです。

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 さて夕食です。これでビジネスの和食も当分食べる機会もないでしょうから、時間は遅かったですが、がんばって全部食べました。

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前菜:揚げ茄子、胡麻クリームがけ 玉子焼き 
あんずオレンジ煮チーズ最中 帆立貝照り煮

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主菜: うなぎ蒲焼

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 オーストラリア発ですが、ご飯が美味しいです。ウナギも久しぶりなので、ゆっくり味わっていただきました(^∀^)

 この後、座席をフルフラットにして寝ようとしたのですが、少しウツラウツラした程度でした。

 夕食と朝食の間も、もし希望すればいろいろなものがいただけるそうです。HPに載っていたメニューによると・・・

・ クロックムッシュ・ 鶏つくね照り焼き丼 ・スープ  ・ コーンスープ 
・ 茅乃舎 野菜スープ  ・  ANAオリジナル ~香る福岡~ コク旨とんこつ風ラーメン  
・ チーズ(ホワイト、シェーブル、セミハード) ・ アイスクリーム ・ フルーツ
・ 「もち吉」いろどりおかき   ・ 米菓子(ハラール認証済) 
・ ミックスナッツ  ・ 「AND THE FRIET」ドライフリット プレミアムソルト
・ フォンダンビスキュイ

 どれもこれも美味しそうなんですが、がっつり夕食を食べたあとに、もう何も入りません。ビジネスクラスは、もっと若くて食欲旺盛な時に乗るべきだったなあと思います。

 そして最後の食事である朝食です。もちろん最後も和食を頼みました。

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鮭の味噌煮 野菜添え

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 ぐっすり眠れたわけではありませんが、羽田には定刻に到着しました。入国もまあスムーズに出れましたが、スーツケースを宅急便で送ろうと思ったら、そのカウンターが混んでいました。20分ほど待ちました。でも乗り継ぎ時間も2時間以上あるので、プラティナムメンバーになった特典で、ANA ラウンジへ行きました。

 搭乗案内とみていると、雪のため欠航、風のため欠航という便がありました。

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 それに私の伊丹行きも含めて、搭乗口変更がたくさんあって、なんかオペレーションがバタバタした感じがしました。

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 定刻より10遅れで出発し、今回も富士山が見える窓際を取りました。お天気が良く、雪が積もった美しい富士山に見とれました。

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 これで7月に始めた世界一周もついに終えました。でもブログはまだバルト3国で止まったままなので、少しずつ書いていこうと思います。 



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ほとんど観光できなかったけれど、思い出は辿れました@メルボルン

 オーストラリア最後の場所はメルボルンでしたが、あまり観光はできませんでした。体調は少し良くなっていたものの、クリニックへ行き、翌日にはコロナと判断されたので、最後の一日も食事と買物に出かけただけでした。

 クリニックに行った日は、二人とも体調は悪くなかったので、まずレストランへ出かけました。今回は2日目から娘の体調不良、そして私と続いたため、1度もまともなレストランへ行けなかったのです。昔住んでいたところから10分ほどの賑やかな通りに、ちょっといい感じのイタリアンレストランを見つけました。

La Bottega Trattoria
 
 これは娘が選んだGAMBERI E 'NDUJAというスパゲティ。名前が発音できなかったのですが、’Nはイタリアのある地方(忘れました)の言葉だそうです。見ての通り、King Prawn とチェリートマトのパスタでした。この量は日本のスパゲティより少し多い程度でした。

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 もう1品はマルゲリータピザ。でもこちらは思ったより大きくて、二人とも食欲が戻っていなかったので、半分持ち帰りにしました。

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 スパゲティが34ドル、ピザが18ドルですが、オーストラリアではチップはいりません。そう考えると、カナダやアメリカよりはずっと安いですが、52ドルということは日本円で5200円と考えると、やっぱり高いです。

 食後は、住んでいたところへ言ってみました。もう25年ほど前なのに、外見は全然変わっていませんでした。表に面した大きな窓の部屋が娘たちの部屋で、その反対側はリビングでした。今は当然誰かが住んでいるのでしょうが、懐かしくて、写真を撮らせてもらいました。

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 そしてここは娘たちが通っていた小学校。休暇中なので、中に入れませんが、外からの雰囲気はあまり変わっていませんでした。

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 この後、シティに向かいました。まだクリニックの予約には時間があったので、昔子どもたちとよく行ったフィッツロイガーデンへ行ってみました。当時ここにはポッサムがたくさんいて、子どもたちは「ポッサム公園」と呼んでいました。

 何の木かわかりませんが、木にはよくポッサムの巣穴がありました。でもたくさんの木にこんなメタルカバーがはめられていたのです。たぶんポッサムが巣穴を作らないようにしているのだと思います。時間が早かったこともあり、ポッサムは一匹も見つけられませんでした。

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 この写真はリングテイルポッサムというのですが、今でもこの公園では、夕方以降に出てくるそうです。ただポッサムは新芽を食べてしまうので、メルボルンの人たちは「害獣」と思っていることが多いです。ただ捕まえて殺すことは禁止されていて、捕まえた場合、専門の免許を持つ業者に持っていく必要があるそうです。

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ウィキペディアより

公園のすぐ隣にある州議事堂

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 病院に行った翌日、娘は少し元気がなかったですが、私は咳と鼻水が止まらないものの、割と元気だったので、車を1時間ほど走らせてモーニング半島へ向かいました。

ビーチ沿いを走ったのですが、これがどこか覚えていません・・・

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Cape Schanck Light House

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 そしてこのドライブの帰りに病院からの電話で、コロナ感染を告げられたのでした・・・。
 



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オーストラリア連邦議会 (Parliamet House)

 キャンベラ最後の観光スポットは、パーラメントハウスです。前日にネットで午後3時の「Best of Parliament House Tour」を申し込みました。45分間のツアーで一人28ドルでした。そのために戦争記念館に未練を残しながら向かったのですが、ここもやはり行く価値のあるところだと思います。

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道の向こうに見学した戦争記念館が見えます

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 ツアー参加者は、半分がオーストラリア国内、半分が外国からで10数名でした。最初に一般的な説明があり、絵画や建築についての説明を聞いてから、ツアーでしか入れない議会場のある区域に入っていきます。そこで説明してもらったことが、興味深かったです。
 
 オーストラリア連邦議会はイギリス国王、元老院、代議員の3つの要素で構成されています。国王の代理は、オーストラリアの総督が務めます。

 下院の代議院は、現在150人で構成され、小選挙区から1名ずつ選出されます。でも上院である元老院は、76人で構成され、各州から12名、特別区から2人選出されます。つまりニューサウスウェールズやビクトリアのように大きな州もタスマニアのように人口の少ない小さい州も、同じ発言権を持つということです。ただし、アボリジニの多いノーザンテリトリーは、キャンベラと同じ2人だけです。

たぶんここは元老院の議会場

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オーストラリアの国章
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国章と同じように、カンガルーとエミューの像がありました
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 議場見学のあとは自由に屋上やその他の場所を見て回ることができました。かなり暑い日で、屋上から少し周りを見回しただけで、すぐ冷房の効いた館内に戻りました。

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 一ヶ所だけ、警備員がいるところがありました。そこに展示されていたのが、これらです。この机はビクトリア女王のライティングテーブルです。後ろにある右の写真がビクトリア女王で、1900年7月9日、イギリスのウィンザー城で「オーストラリア連邦憲法法案」への同意を宣言する委任状に署名をするときに使われたものです。この法案で、オーストラリアは植民地ではなく単一の国家として連邦化されました。

 今もオーストラリアの王はイギリスのチャールズ国王ですが、独立と同じ内容のこの法案が通ったことはオーストラリアにとって、歴史的な快挙だったのでしょうね。

 そのときにビクトリア女王から贈呈されたのが、法案の原本(1部はイギリスに)、このテーブル、羽ペン、インク壺で、それがガラスケースの中に展示されていました。

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 そしてテーブルの横にあったのが「マグナカルタ」。これはオーストラリアの当時の首相が昔に発行されたマグナカルタの最新版を購入して、1961年に公開したものだそうです。でも「マグナカルタ」って、なんでしたっけ?世界史で覚えた記憶はあります。

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 ということでググってみると、以下の説明でした。ウィキペディアより

 『マグナ・カルタ(大憲章、だいけんしょう、ラテン語: Magna Carta / Magna Carta Libertatum、英: Great Charter of the Liberties、直訳では「自由の大憲章」)は、イギリス(連合王国)の不成典憲法を構成する法律の一つであり、イングランド王国においてジョン王の時代に制定された憲章である。

 イングランド国王の権限を制限したことで憲法史の草分けとなった。また世界に先駆け敵性資産の保護を成文化した。成立から800年が経過した21世紀の現在でもイギリスの憲法の最も基本的な部分として有効である。』

 これを大事にしていたり、議会はイギリス王も含まれていると知ると、やはりオーストラリアはイギリス連邦王国の一部だと実感しました。でも現代のオーストラリア人には、その意識もないのではないかと思います。
 


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キャンベラにあるオーストラリア戦争記念館

 キャンベラは2泊したものの、実質の観光は丸1日のみ。そこで行きたいところを娘と二人でしぼりました。午前中は、もうブログには書いたティドビンビラ自然保護区。午後はキャンベラの中心に戻って、戦争記念館と国会議事堂に行くことにしました。

 私は昔、2か所とも行ったように思うのですが、詳しいことはすっかり忘れています。でもキャンベラでこの2か所は外せない観光スポットです。


市内に向かう途中でよったある町のコミュニティーセンタ―併設のカフェで
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このホットサンドがものすごく美味しかったです!

 オーストラリア戦争記念館(Australian War Memorial)は、クリスマス以外年中無休で10時から17時まで開いています。しかも、なんと無料の上、希望すればボランティアガイドさんが、90分間ツアーで説明してくれるのです!私たちも、入口でガイドはどうですかと言ってもらったのですが、90分だと次の国会議事堂のツアー(これは予約制)に間に合わないのであきらめました。

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 入口で荷物をチェックされます。娘はたまたまカバンに小さなハサミを入れていて、それは「ここで預かるから、帰るときに忘れないで受け取ってね」と言われていました。ボディバッグには、チェック済みの紙のリングがつけられました。

1915年4月23日にガリポリの戦いで上陸に使われた
ANZAC Landing Boat

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 オーストラリアとニュージーランドにはアンザックデイという祝日があります。私はずっとアンザックが地名だと思っていました。でもこれはANZAC(Australian and New Zealand Army Corps)オーストラリアニュージーランド軍団の略称でした。

 アンザックデーは、1915年4月25日の第一次世界大戦中に、アンザック軍が当時オスマン帝国と呼ばれていたトルコのガリポリ半島へ上陸した日です。この戦いで、1万人以上のアンザック軍が命を落としました。

 戦後にこの日が戦没者を追悼する日として定められ、現在はガリポリ半島上陸作戦で命を落としたアンザック軍だけではなく、他の戦争やその時に活躍した看護師など、戦争に関わった全ての人たちを追悼する日になっています。

アンザック軍の兵士たち
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 ちょっと余談になりますが、私たちがオーストラリアに住んでいた2000年頃は、「アンザックデーの日は、危ないから外に出ない方がいい」と言われたことがあります。日本はオーストラリア本土を爆撃した唯一の国なので、年配の方の中には、日本にいい感情を持たない人もいると聞いたのです。それで娘たちに「今日は日本語禁止だよ」と言ってアンザックパレートを見に行ったことがありました。でも今ではそんな話も聞かないそうです。

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 上段はガスマスク、なんだか犯罪者が被るマスクみたいだなと思いました。そして娘と議論になったのが、右下のマスクです。
「馬のマスク?でも小さくない?」
でもちょうどボランティアガイドさんが、グループに説明しながら近づいて来て、私たちはそこに合流しました。

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 あのマスクは犬用でした。しかもこのワンちゃんは伝令用ワンちゃんだとか。

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 ボランティアガイドさんの話は面白くて、引き込まれました。でもあまり時間がなかったので、次のコーナーに移るときグループから離れました。

戦闘用ヘリコプター
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戦車
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外に出て正面の写真を撮りました

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その反対側です

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 道のはるか向こうに見える三角形のようなものが、国会議事堂です。計画されて作られた街なので、国会議事堂と戦争記念館は、離れていても向かい合い、お互いの姿を見ることができます。

 ここでもっと時間を取ればよかったと後悔しています。娘もボランティアガイドさんの話をもっと聞きたかったと言っています。もう1度行く機会があるかどうかわかりませんが、もし行けたら、2時間半ほどの時間をかけようと思いました。


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オーストラリアの首都はキャンベラです

 オーストラリアの首都をすぐ答えられる方は、オーストラリア通と言えますね。日本人にとってなじみのあるオーストラリアの都市は、まずシドニー、ゴールドコースと、ブリスベンと日本から行きやすい場所、そしてメルボルン、ケアンズでしょうか。だからいまだにオーストラリアの首都は、シドニーかメルボルンと間違える人もいるようです。

 なぜかこれはニュージーランドもよく似た状況で、ニュージーランドの首都は北島のオークランドでも南島のクライストチャーチでもなく、南島に一番近い都市ウェリントンです。

 話をオーストラリアに戻すと、なぜキャンベラという交通の便があまりよくなく、国際空港もない都市が首都になったのかというと・・・シドニーとメルボルンがケンカをして、どうしようもなくなったからです。

 イギリスの植民地だったオーストラリアが1901年に独立し、シドニーとメルボルンの激しい争いの結果、憲法に
「首都はニューサウスウェールズ州内に位置しなければならない。ただし、シドニーから少なくとも100マイル(約160km)以上離れていなければならない」という特別条項が作られ、キャンベラがその候補地になりました。

 実はオーストラリアには6つの州と2つの特別区があります。シドニーのあるニューサウスウェールズ、メルボルンのあるビクトリア、ブリスベンやケアンズのあるクィーンズランド、そして西オーストラリアと南オーストラリア、この6つの州です。

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そしてエアーズロックのあるノーザンテリトリーとキャンベラは特別区で、キャンベラはThe Australian Capital Territoryが正式名で、ACTと省略されます。

 興味深いのは、キャンベラはは単なる行政都市ではなく、「理想都市」としての設計が求められて、政府は国際設計コンペを開催し、1912年、アメリカ人建築家ウォルター・バリー・グリフィンの案が採用されました。首都のデザイナーに外国人が選ばれるのも、ちょっと驚きです。
町の中心に人工湖バーレー・グリフィンがあり、そこから放射状に行政・住宅・商業地区を配置されており、計画的で近代的な都市設計です。

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                 palmersrelocations.com.auより
 
 そんなキャンベラですが、オーストラリアに住んでいた3年間で訪れたのは1回だけで、しかも娘たちが日本帰国中に友人とだったので、次女も今回が初めての訪問です。2泊したのですが、この時はまだ娘の体調がよくなく、到着日はどこへも行かず、間の一日だけしか観光できませんでした。でも娘も私も、もう少しゆっくり見てみたかったと悔いが残っています。
 


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自然の中で動物を見つけるのは難しい

 オーストラリアといえば、日本人はコアラ、カンガルーと思うでしょうが、他にもユニークな動物がたくさんいます。そしてちょっと古いですが、2000年シドニーオリンピックに使われたマスコットはコアラやカンガルーではなかったのです。ちょうど私はその年にオーストラリアに住みだし、オリンピックも見る機会があったので、このマスコットのキーホルダーも持っていました。
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 左からクッカバラ(ワライカワセミ)のオリ-、プラタポス(カモノハシ)のシド、エッキンナ(ハリモグラ)のミリーで、この3つの動物もオーストラリアでは人気があります。クッカバラは木々があるところならどこでもいて、私たちが最初の住んだ大学寮でも鳴き声が聞こえました。

 でもカモノハシはシドニー水族館で見たことがあるだけで、ハリモグラも一度だけパースから参加した郊外へのツアーの途中で、たまたま見かけただけでした。今回、カモノハシが見られると言う大きな自然公園へ行ってみました。

 向かったのはキャンベラの中心から車で30分ほどのティドビンビラ自然保護区(Tidbinbilla Nature Reserve)。ここでは、コアラ、ロックワラビー、カモノハシが見られるそうなのです。観光費も高いオーストラリアで、ここはかなりコスパのいいところです。車一台(8人まで可)15.53ドルなので、二人だとちょっともったいないですが、子ども連れの家族で来れば楽しいだろうなあと思いました。
 
 最初にインフォーメーションセンターで入場料を払い、地図をもらいます。かなり広大な保護区なので、いくつかのポイントまでは車で移動です。

 まずコアラを見に行きます。コアラは、自然保護区の中にもいるそうですが、野生のコアラを見つけるのは本当に難しいので、ここでは保護されたコアラを見ることもできます。

 これまで保護区でコアラを見たことが何度かありますが、動いているコアラを見たことがありません。ここの子たちも、木と一体化して寝ていました。

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全部で3頭いたのですが、もう1頭は写真が撮れない場所にいました

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ユーカリの木の上にコアラがいる可能性もあるんですが・・・
見つからない

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 コアラは見れたので、次に一番見たいと思っているカモノハシを探しに行きました。カモノハシは、一昨年のケアンズでも、カモノハシが見られるところという場所を30分くらい探し続けたのですが、ダメでした。

 インフォーメーションセンターの女性に、いそうな場所を教えてもらったのですが、その池の周りを一周回って探しても、結局見つけることはできませんでした。

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カモノハシは、哺乳類なのに、卵を産む不思議な動物です
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Tourism Australia より


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歩いていると、巨大な石を見つけました

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娘のオモシロ写真を撮って、自然動物を探すのはあきらめました

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