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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

ゼロで死ねるか

「ゼロで死ねるか」続き

 今回も、この前の続きで「ゼロで死ねるか」である。多くの高齢者は、「もっとお金を使ってやりたいことをすべきだった」と後悔しているが、実際、認知症になると成年後見人がついて、自分の意思でお金が使えなくなる。そして2025年には認知症を発症する人は約700万人になると厚生労働省が予測しているのだ。

 この20年で、60歳以上の金融資産残高は、1.5倍に増加し、個人金融資産約2千兆円のうち、60歳以上が6割以上を保有しているそうだ。「高齢者がやりたいことにお金を使って循環させれば社会貢献になる」と言われているが、老後資金をどれほど必要かわからず、不安で貯金には手をつけないようにする高齢者が多い。自分がいつまで生きるかわからないのだから、もっと年老いてからお金が無くなると不安に思うのは当然だろう。

 総務省の家計調査によると、夫婦二人が年金をもらいだす65歳から30年間生きるとして、年間の赤字額が約45万円。その補填に1350万円。そして平均的な介護費が約600万円なので、よく言われている「老後資金2千万円」というのは妥当な数字らしい。その2千万円を貯めても、不安に思う人が多く、実際貯めた金融資産は80歳を過ぎても平均で1〜2割しか減らないそうだ。


 そして紹介されていたのが、「DYE WITH ZERO(ゼロで死ね)」(ダイヤモンド社)というアメリカのコンサルティング企業のCEOであるビル・パーキンス氏が書いた本だ。人々がお金を使い切れない理由は、①自分がいつ死ぬのかわからない ②老後の生活は以外にお金がかからない ③お金はステータスになる ④子どもに残したい の4つ。

 特に強調されているのは、お金を使う能力は年齢によって変わり、同じ金額でも60代より30〜40代の方が価値を高められ、コスパもよいので、子どもには早く財産を引き継いだほうがいいということ。親が80代、子が60代の「老老相続」はコスパも悪く、親はお金がどう使われるかも見届けられない。

 そしてやりたいことを年代ごとにリストにして、お金とは「経験を買うために使うもの」であり、もし動けなくなっても思い出は「記憶の配当」として人生を豊かにしてくれる。だからこそ、やりたいことを先延ばしにせず、元気なうちにやり、悔いのない人生をおくるべきだということだった。

 この特集記事を読んですぐ市の図書館でこの本を予約した。5ヶ月近く待って届いた本を一気に読んだが、かなり納得できることが多かった。もちろんアメリカと日本では全く同じというわけにはいかないが、実際私がやってきたことも含まれていた。

 ここでふと思い出したのがラーマ9世の有名な政策「เศรษฐกิจพอเพียง 足るを知る経済Sufficiency Economy」。これを経済ではなく生活と置き換えて、いつも自分にとってพอเพียง な生活を求めていけばいいし、もしお金が残るのであれば、早く子どもに譲ったり、寄付をしたりと、自分にとって意味のある使い方ができるのではないかと思った。

 まあそんな偉そうなことを書いても、人間は欲があり、理想と現実には大きな間があるかもしれない。でもできる限り、ゼロで死ぬことを目指し、人生を送りたいと思う。

今日は土曜日なので、またいつもの子ども食堂です
唐揚げの南蛮漬け ポテトサラダゆで卵入り、キャベツとツナのチーズ焼き
スープ(玉ねぎ、人参、キャベツ、じゃがいも)
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冷凍バナナと牛乳をフードプロセッサーで混ぜると
ムースっぽくなりました
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「ゼロで死ねるか」新聞記事で考えさせられた

 「ゼロで死ねるか」という特集記事が載っていたのは、昨年11月のこと。5回シリーズだったその記事を、切り抜いて保管している。ブログネタにしようと思っただけでなく、じっくり考えようと思ったためだ。

記事は2024年11月19日から始まった朝日新聞の特集記事「ゼロで死ねるか」より
 
第1回は、20億円を残して亡くなった93歳の男性のこと。5年前に奥さんを亡くし、都内のマンションで一人暮らしをしていて、倒れていたところを証券会社の担当者が発見し、病院へ搬送したがそのまま亡くなった。その男性は税理士から「死後事務手続きをしておいたほうがいい」とアドバイスされていたが、「まだ早い」と断っていたようだ。


 親、兄弟など相続人はすでに他界し、自治体で火葬され、無縁遺骨として保管された。知人にでも後で遺言書が見つかり、死後手続きを頼んだ知人に数千万を遺贈し、残りは「すべて公的な団体へ寄贈する」という遺言が有効になった。

 もう一人の子どものいない女性は、亡くなった夫とともに高級老人ホームに入り、月額22万円ほどを支払っている。自分の年金でその支払いもまかなわれており、夫の遺産は残ったままだ。それでも夫が亡くなる前の7か月間、毎月70万円もの医療費を支払っていたので、自分が100歳まで生きると想定すると、貯金に手を付けられないし、もう「足が弱り旅行も行けない」。この女性も「ゼロで死ぬ」ことはないだろう。

 第2回は3億円の資産を持ちながら身寄りがないまま認知症を発症した80歳男性のこと。ケアマネージャーが介護施設の入所資金を男性の銀行口座から引き出そうとしたが、口座は凍結されており、その男性は最低限の公的な介護しか受けられなかった。認知症になると、家庭裁判所が法廷後見人を選ぶことになるが、手続きにかなり時間がかかるそうだ。

 第3回も悲しい話が載っていた。和菓子店を経営していた83歳の女性が亡くなり、3歳下の妹に全財産を残すと遺言書を用意していた。生前、その姉は貧しい年金暮らしをしているように見えたので、妹は食事や病院へのタクシー代の援助などをしていた。でも遺品整理をしていると、預金や株などが1億5千万も残っていて、妹は「80歳近くになってこんな大金をもらっても・・・」と喜びより悲しい気持ちのほうが大きかったという。

 日本人男性の健康寿命は72.68歳で死亡最多年齢が88歳。女性は75.38歳と93歳。つまりお金は70代前半までに使わないと、使えなくなるということだ。両親のことを考えても、父の遺産はそのまま母に渡り、家だけを母、弟、私の三人で相続した。まあ我が家は大した額ではないが、父が亡くなったときすでに80代に入った母には、大きなお金の使い道がない。昭和ヒトケタ生まれの父は、あまり贅沢もせず、お金のかかる趣味もなかったので、残された母が十分暮らしていけるだけのお金は残してくれた。

 母はまだまだ元気だが、ゼロで死ぬことはありえないだろうから、今のうちに、母が納得いく額のお金を、どこか公的な機関に寄付するよう、遺言書を書いたらと勧めてみようかと思う。でも嫌がりそうだなあ。

これは先週土曜日の子ども食堂
サンドイッチ(サニーレタス、キュウリ、ハム、炒り卵)、唐揚げ、ポテトフライ
キャベツとツナのサラダ、ミネストローネ(玉ねぎ、人参、ネギ、キャベツ、ソーセージ)
コーンごはん、チョコ入りミニパン
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