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がんになっても地球旅行

病気には無縁と思ってた元バックパッカー、タイの大学で日本語教師をしていた2019年4月バンコクで肺腺癌(1A)手術。2022年6月に日本に帰国後もタイをメインに地球旅行に出かけています。

メーホンソン

メーホンソンの夜明けと不思議な朝食 メーホンソン⑦

 メーホンソンの町から歩いて登れる山の上に美しいお寺がある。標高600mコン・ムー山の頂上にあるので、メーホンソンの町並みや空港の滑走路がはっきり見える。反対側はミャンマーの景色が広がっている。

 歩いて登れると書いたが、30分はかかるだろうし、坂もまあまあきつい。私はそんな苦労はせずバイクで一気にかけあがった。夕日も朝日もきれいということで、まずクンユアムから帰ったときに、夕日を見に行った。

ワット・プラタート・ドイ・コンムー
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 これは翌朝まだ暗い夜明けに行ったので、ライトアップされていた
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本堂の仏像
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 夕日を見るためには、本堂を超えて奥に登っていかねばならない。その山頂にあった仏像。このお寺はタイとミャンマーの混合様式になっているとのことで、この仏像もあまりタイらしくない。
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 夕日を待っているのは、ファランの女の子二人と私だけだった
沈みかけていく夕日
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 翌朝、まだ暗いうちにホテルを出て、山頂までバイクを走らせた。少し早すぎたので、結局1時間弱待たねばならず、じっとしているとかなり寒かった。でも明るくなってきたころカフェもオープンし、そこでコーヒーを飲みながら待った。

ようやく朝日
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写真を比べると、夕日と朝日はこんなに色が違うのだと驚いた
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 朝日を堪能し、前日に市場で見つけた不思議な食べ物のお店へ。お店と言っても市場の一角にカウンターがあって、これと同じものを出している店が3軒ほどある。たぶん豆をつぶしてドロドロにしたものに、うどんのような麺が入っている。揚げた豆腐も一緒に食べるようだ。
 
メーホンソン生鮮市場
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 メーホンソンの朝は寒いので、アツアツのこのとろりとしたスープが、本当に美味しかった。揚げ豆腐に味はないが、香辛料のきいたソースがかかっている。

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これだけでたった30バーツ
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 食後、バイクを返却し、ホテルに戻りチェックアウト。バスターミナルまで頑張れば歩いて行けない距離ではないが、宿のおじさんに頼んでバイタクを呼んでもらった。約1.5kmで40バーツ。あっという間に着いた。

メーホンソン バスターミナル
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 メーホンソン→パーイ→チェンマイ行きは、表示では10本になっているが、実際は赤くマーカーされている4本だけだった。私は、前日に行って10時のチケットを買っておいた。メーホンソンからメーサリアン経由のチェンマイは以前と同じ時間に運行しているようだ。

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 ただ実際はバスではなくロトゥー(バン)
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 メーホンソンからパーイは約100㎞ちょっと。カーブは多いが、天気はいいし、景色もきれいなので3時間弱はあっという間だった。次はバックパッカーの聖地と言われるパーイ。


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日本兵が眠るクンユアム メーホンソン⑥

 これがタイ日友好記念館の外観。日本風というより中国風のように見える。チケット(ピンぼけですみません)は、タイ人40バーツ、外国人100バーツ。でも日本人であれば、十分その価値はあると思う。

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 第2次世界大戦中の1942年に、約5000人から6000人の日本軍がクンユアムに入り、道路建設を始めた。そして1945年の終戦で、推定27万人もの日本兵が徒歩でクンユアムを通過したそうだ。この地図は終戦後に撤退するときの様子を表している。クンユアムを経由して、メーホンソン、パーイからチェンマイに向かった者、クンユアムからメイピンを経由してチェンマイに向かった者。でも負傷した多くの人が、クンユアムで命を落としたそうだ。

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 記念館のすぐ近くにあるワット・ムアイトー。当時ここは日本軍の本部として使われていたそうだ。お寺はとても美しい黄金色の仏塔があるが、西側の片隅に慰霊碑がある。

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 平成七年(1995年)に建てられたので、もう27年前のことなる。その頃は、私も子どもが小さかったので、タイに来るチャンスはなかったし、あまりタイのニュースも関心がなかった。

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 上の写真をアップにして、日本語を読んでみた。

    慰霊碑建立にあたって

 この地クンユアムは、第二次世界大戦の折、多くの旧日本兵、現地クンユアムの村民そしてその他各国の人々が命を落とされました。しかしその際、村民の皆さまの暖かいご支援をいただいたことを私達は忘れません。私達はこの反省に立って争いのない未来志向を願って、この地で亡くなられた方々の御霊を奉る慰霊碑を建立し、末永く友好の証としたいと考えるものです。
    クンユアム会名誉顧問チャロン・チャオプラユーン 代表 境野啓秀

    ムアイトー寺院 日蓮宗 本照寺 協賛 2554年(2011年)12月 クンユアム会

 これももう10年以上前なので、この「クンユアム会」というのが、今も存続しているかどうかはわからない。でも多くの人が、ここに眠っているのは事実なのだ。

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 この時お寺にいるのは私だけだった。コロナ禍でタイに来るのが難しい今、日本からここへやってくる人はいるのだろうか。

 お寺の前の小さな店で昼食を取り、そこから5㎞ちょっと離れた、もう一つの慰霊碑があるというお寺に向かった。田舎道を走っていくが、車もほとんど通らない。

ワット・トーペー
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田舎のお寺だが、やはり黄金色の仏塔が太陽に反射して美しい
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中に不思議な仏像があった
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 一回りしてみたが、慰霊碑のようなものは見つからない。お寺の敷地から見える景色は本当にのどかだ。このあたりはトーペー村というようだ。

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 誰もいないと思っていたら、一人だけ女性の人が出てきた。
「すみません、日本人の慰霊碑があると聞いたんですが。」
その人は「こっちよ」と言って、入り口の門の右手に連れていってくれた。

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 字も薄くなっているし、横にあるものがガラクタのようで、教えてもらわなければ見落としたかもしれない。もうお供えするものは何も持っていなかったが、とにかく亡くなった方たちのために祈った。

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 祈り終えた私に、女性は「こっちに来て」と手招きしてくれる。そしてこんな看板の前に連れていかれた。

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 ちょっと驚いたが、日本軍に関する場所が、これほど残っているんだ。看板の字も見えにくくなっているので、もうずいぶん前に作られたのだろうか。女性は、行き方も教えてくれた。
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 私はその女性にお礼を言って、お寺をあとにした。その場所に興味はあったが、時間はすでに午後2時半。メーホンソンまで70㎞以上の道のりがあることを考えると、もう無理だ。

 帰りの山越えツーリングも、疲れたけれど楽しかった。とにかく景色がいいし、涼しくて気持ちがいい。運転しながら、クンユアムに一泊という計画を立てればよかったと後悔した。でも行きたかったところはすべて行けたのだから文句は言うまい。

 ホテルに戻って夫にラインをして、クンユアムのことを話した。すると夫が意外なことを言った。
「うちの親父もビルマに行ってたんだ。もしかするとそこに行ったかもしれないな。」
 
 夫の父は、私たちが結婚する前に亡くなっているので、写真でしか知らない。でも終戦時にビルマにいたとしたら、その可能性は高い。
「行ってみたいな、その記念館に」と夫は言った。

 いつかその希望をかなえてあげよう。でも今度はバイクでなくレンタカーにしようと思うけど。そして今回見れなかった場所も見てみたい。


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日本人の遺品が残るクンユアム メーホンソン⑤

 これまでクンユアムという名前を聞いたことがなかった。メーホンソンへ旅行しようと思った時、ネットやYoutubeで検索して、この町のことを知った。ミャンマーとの国境にある田舎町にタイ日友好記念館があるというのだ。

 メーホンソンからクンユアムへは毎日ソンテウが出ているらしい。でも本数が限られているので、日帰りするのは難しい。やはりバイクで向かうことにしたが、約70㎞ほど離れているので、往復150㎞はバイクの一日走行距離としては最高記録になりそうだ。でも108号線の一本道なので、道に迷うことはない。

 朝のメーホンソンは、バーンラックタイほどではないが、やはり寒い。でも景色はきれいで車も少ないので気持ちがいい。ちょうど20㎞弱のところにビューポイントがあり、休憩してコーヒーを飲んだ。

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 バイクで行こうと思った理由はもうひとつある。なぜかわからないが、メーホンソンから40㎞ほどのところに、日本人のための慰霊碑があるというのだ。

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 周りに何もない道路わきに、小さな祠と塔がぽつんと立っていた。私はGoogle Mapで場所を確認しながらゆっくり走ったので見つけることができたが、もし車で走っていたら気づかないのではないかと思った。

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 いつ供えられたかわからないが、お線香、お酒、水が残っていた。私も、ふとお線香を持ってこれればよかったのにと思ったが、新しいペットボトルの水だけを供えて、この地で亡くなった日本人の方に祈りをささげた。

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 そしてようやくクンユアムの町に到着。ちょうど町のまん中あたりだろうか、108号線に面してタイ日記念友好館があった。


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 ここでももう1本の水をお供えして祈った。碑の下にあるのは、ここの設立援助をした方たちの名前。タイ政府や日本政府は関係がなく、いろいろな団体や個人が協力されたそうだ。

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 記念館の中の説明は、タイ語、英語、日本語がある。よく整理されていて見やすかった。ただ、誤訳と思えるものもあったけれど。

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 館内にはビデオ室があり、当時の様子を説明した再現ビデオのようだった。第2次世界大戦時、クンユアムへ道路建設のためにやってきた日本兵、インパール作戦の失敗で戻ってきた日本兵、当時かなりの日本兵がこのクンユアムへ滞在し、現地の人々との温かい交流があったそうだ。.

 タイ人女性と恋に落ち、結婚して子供までできたのに、軍の命令で日本へ帰らされた兵士もいたそうだ。帰国を待つ間に、自分たちの持ち物を食料と交換してもらったり、また村の仕事をすることで食料をもらったりと、言葉が通じなかったはずなのに、村人たちは日本兵にとても好意的で、それに対して日本兵も精一杯の誠意を返したにちがいない。だからその逸話がこうして記念館として残っているのだろう。

 このタイ日友好記念館は、ある一人のタイ人の方によって作られたそうだ。1995年にクンユアム警察に署長として来られたチェーチャイ・チョムタワット氏が、クンユアムの村人たちの家の多くが、日本兵の遺品を持っていることに気づいて、村人に話を聞いて回ったそうだ。クンユアムの村人と日本兵の絆を記録に残したいと、その遺品を提供してもらって作ったのがこの記念館だとのこと。


 ネットで検索すると、この方に関するサイトが見つかった。本も出しておられ、たまたまKindle Unlimitedに入っていたので、それも読んでみた。この方がクンユアムに来られなかったら、クンユアムと日本の関係は、知られずに埋もれてしまったかもしれない。

 記念館の写真はあまり撮っていなかった。読むのに必死だったためだと思う。古いお守りもあって、中に「大阪天満宮」のものがあり、大阪の人もこの地におられたんだと不思議な気持ちになった。

 クンユアムには、この他にも日本人ゆかりのところがある。ちょっと長くなったので、続きは次回に回したい。



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バーンラックタイ メーホンソン④

 2月のメーホンソンの旅がまだ終わっていない。まだまだ先は長いので、チェンマイの日記の合間に、どんどん書いていかなければ。今回はまだ2日目で、50Km弱の道のりをバイクで走り向かった、バーンラックタイのことだ。

 バーンラックタイは、メーホンソンの北、ミャンマーとの国境にある村だ。昔、中国の内戦で雲南省から逃れてきた中国国民党の残留部隊の人たちが作った村だそうだ。そのため、村の至るところで漢字表記が見られる。村の入り口を示す門の表示もタイ語の下に漢字があった。

 メーホンソンからは45㎞ほどで、かなりカーブと傾斜もある山道なので、バイクでは厳しいと書いている人もいたが、実際行ってみたらそれほど大変ではなかった。というのは、とにかく交通量が少なく、カーブが続いても対向車が来る心配がない。でも観光客が多い時期だと、中央線を越えてくる車が多いらしく、やはり少し危険だということだ。

 今回は確認していないが、メーホンソンの生鮮市場から1日2本のソンテウが出ているらしい。でも途中に前回書いたスートンペー橋やプークロンもあるので、バイクやレンタカーで行く方が便利だと思う。道は基本的に一本道なので、迷うことはない。
 
漢字が読めない・・・
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 お正月や休みの日は、バーンラックタイのホテルはかなり埋まってしまうと聞いたので、Google Mapで連絡が取れるところを探した。それで見つけたのが、このホテル。タイ語で問い合わせたのだが、タイ語と英語の両方で併記した説明文を送ってくれた。

 銀行振り込みの前払いで一泊1000バーツ。ちょっと高いかなと思ったが、バーンラックタイは、観光が収入源の町なので、全体的に値段が高そうだ。しかもBooking.comやアゴダでもリストが出てこないので、自力で取るしかない。

 部屋は良かったが、2月のこの時期は、夜から朝にかけての冷え込みが半端じゃない!使い捨てカイロを持ってきたので、それをお腹につけて、寝る時もTシャツの上に長袖シャツを着て寝ても、夜中に寒くて目が覚めた。朝も寒すぎて、着替える気にもならない。タイでこれほど寒い経験をしたのは初めてだ。

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 でも昼間は半袖でも大丈夫で、暑すぎず気持ちがいい。私のホテルはメインのところから少し離れていたが、湖の周りをぐるりと歩いても爽やかだった。

休みの日は、ここでイベントが行われることもあるそうだ
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 湖の向こうにみえているのが、「リーワインルックタイリゾート」という高級ホテルで、簡単には予約が取れないらしい。

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 湖を半分くらい回ったところ
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キャンプもできるようで、朝通るとテントがたくさんあった
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メインの通りには、たくさんお茶屋さんがある
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 湖に面していくつかカフェがあり、私はここで2時間くらいネットをしたり、ボーっとしたりして過ごした。
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船にも乗れるが、一人だとあまりそんな気になれず、眺めていただけ
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 ところどころに、中国国民党のなごりを見ることができる
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これも中国っぽい
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ここは高級リゾートの敷地内だが、歩くことができる
湖が見渡せて、景色がすばらしい
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お茶畑がたくさんある
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 せっかくなので、バイクで町をぐるりと回ってみたら、町はずれにお寺があった。ワット・パーラックタイというらしい。ちょっと変わった形の仏塔があった。

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 バイクで走りながら、ミャンマーとの国境がどうなっているのだろうと、Google Mapで国境となっているところに向けて走った。(地図の赤丸のあたり)右のほうは、ホテルからバイクで数分の距離だ。ちょっとドキドキしながら行ったが、国境らしきところはない。でもMapで確認すると、ほぼその辺りまで来ていた。

 「もし知らないうちに国境を越えてしまったら、ヤバいかも」と慌てて引き返した。そして左側のほうの2か所も行ってみたが、やはり国境らしいところはない。つまりこのあたりは、地域住民であれば普通に行き来しているということだろうか。

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 島国の私たちにとって、国境は海の向こうだけれど、ミャンマー人とタイ人にとっては、単に隣村へ行く道というだけなんだろうなあ。でもこのコロナ禍で国境封鎖しているはずなので、一体どうなっているのだろう。もう少し行けば本当に国境の見張りの兵士がいたんだろうか。

 二日目の朝に食べたこのYunnan Noodleも美味しかった。いくつか種類があったので、誰かと一緒なら他のものも味見できたのにと思うと少し残念。

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でもこの揚げパンもひとつ頼んでみた
外はパリッとして、中はフアフア
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湖の周りには、夜になるとチムチュムのお店が並んでいた
でもやはり一人で鍋は食べられない
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 バーンラックタイは、見所がたくさんあるわけではない。でもゆったりとコーヒーやお茶を飲みながら、湖を見て過ごすのはいいものだった。ただリゾートと名のつく場所は、やはり誰かと一緒のほうが楽しいのだろうなあ。

 「あの素敵なリゾートホテルに、家族や友人と泊まればきっと素敵な気分を味わえるに違いない」と珍しく、一人旅を残念に思った一日だった。


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メーホンソン郊外の見どころ メーホンソン③

 メーホンソンの町の観光はだいたい歩ける範囲だ。でも見所は少なくて、一日で十分見て回れる。いくつかの見所が郊外にあり、やはりレンタルバイクかモーターサイの貸し切り(ホテルで呼んでもらえる)、2,3人いれば運転手付きの車のチャーターもいいと思う。私は3日間バイクをレンタルし、バーンラックタイへの往復を兼ねて、周辺の観光地を訪れた。

スートーンペー橋 สะพานซูตองอป้

メーホンソンの町から北へ約8㎞。バーン・クンマイサック村から田畑と川を渡った対岸の丘の上にあるワット・プーサマへ行くために、村の人々が水田の上に橋をかけたそうだ。

ちょうど入口のところに横たわる犬がいて、まるで番犬のよう

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手作り感満載の竹の橋
歩くとギシギシ音がするが、怖くはない

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 お寺に上がっていく階段の手間に小さなため池があった。この小さな仏塔と仏像は、流されてこの状態なのか、それとも最初からこのように作られたのかわからない。でもとても不思議な光景だ。

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ワット・プーサマ
屋根の形が変わっていて、中国風に見える

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 仏像のお顔も、北タイのお寺の仏像とは少し違うように思う

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丘の上のお寺から帰り道を眺める
幅2mの橋は全長500mもあるそうだ
竹の橋としては、タイで一番長い橋とのこと

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パースア滝 น้ำตกผาเสือ
 
 ここはメーホンソンから26kmほど、この日の目的地であるバーンラックタイまでは17㎞ほどのところにある国立公園の一部だ。国立公園なので、タイ人なら20バーツだが外国人は100バーツ。はっきり言って、この滝だけならその価値はない。でも実はタムプラー洞窟という魚がたくさんいる洞窟も、このチケットで入ることができる。だからもし両方を見るのなら、100バーツは当然だろう。
 でも私は時間がなかったので、この滝を少し見ただけ。たいして歩く距離でもなく、「これだけ?」感が大きくて、がっかりした。

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プークローン・マッドスパ温泉 พุโคลน

 ここへはバーンラックタイからの帰り道に寄った。メーホンソンからだと北へ約17㎞。この辺りの土には天然ミネラルが多く含まれていて、マッド(泥)を使ったパックやエステが有名で世界三大泥スパと呼ばれているそうだ。

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 私はこの表3番の、フェイシャルマッドマスクと足湯がセットになった30分140バーツをやってみた。ネットの情報では、室内の温泉もあると書いてあったのだが、コロナのせいか今は閉鎖されていて、外の足湯だけだった。

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 こちらで60分700バーツと90分900バーツのエステコースはやっているそうだ。でも私以外には、足湯につかっている男性一人しか園内にいなかった。

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 担当の女性が、顔にマッサージをした後、手早く顔に泥パックをぬってくれて、ここで15分ほど足湯につかる。泥パックの自撮りを娘にラインしたら、「爆笑」と返ってきた。私もあまり見たくない。
 
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 泥パックは自分で顔を洗い流すと、女性が2,3種類の化粧水やクリームを順番に渡してくれた。まあ140バーツにしては上出来。

パドゥン・カレン族(首長族)の村 หมู้บ้านคอยาว
 
 メーホンソンにはカレン族の村が3つあるらしいが、私が行ったのはフアイスアタオ村。ホテルに再チェックインをして、昼食を食べた後バイクで向かった。メーホンソンから12㎞ほどだが、途中からかなり道が悪い。一応舗装されているが、水があふれているところが5,6カ所あった。乾季でこれだから雨季だとバイクでは難しいのではないだろうか。

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 道は一本道なので迷うことはない。行きかう車はほとんどないので、ゆっくりと走っていった。そしてようやく、この標識のところまで来てひと安心。

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 村の入り口で入場料250バーツを払う。この横に売店があり、お店の女性が、「中国人?」と話しかけてきた。まあ私はたいてい中国人と聞かれる。
「日本人です。」
「日本人?一人で来たの?珍しいわね。」
 きっとコロナの前でも、ここまで一人で来る日本人は珍しいだろうなあ。

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 村に入ると両側に店がある道が奥まで続いている。でも客はいないし、店の人も見かけない。村の人のために、何か買おうと思ってきたのに・・・

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 ようやく見つけたおばさん。ここで女性たちの首に巻いている真ちゅうでできた腕輪を2個買った。するかどうかはわからないが、おばさんのために何か買おうと思ったから。

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 そしてもう1軒、この女性のお店でかばんを買った。これは来る前から欲しいとおもっていて、女性が持っている右側のかばんを200バーツの言い値で買った。たぶんチャトチャックだともっと安いと思う。でもちゃんと売っている人にお金が入るところで買いたかった。

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 お店の通りを過ぎると、村の人の家がある辺りに出た。これは何か儀式に使うのだろうか。
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のどかな風景のカレン族の村 
でも本当に人気がない

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 カレン族の村はとてものんびりした雰囲気のいいところだった。でも観光客がいなくなった今、あのお店の人たちはちゃんと生計を立てていけるのだろうか。あまり観光ずれした村にはなって欲しくはないが、もっと多くの人があの村を訪れてほしいと思った。




外国人がいない町 メーホンソン②

 ドーンムアンからの飛行機はほぼ定刻に着いた。機内はほぼ満席だったが、たぶん外国人は私だけじゃないだろうか。まあ私も話をしなければ、きっとタイ人と思われているだろう。
ノックの機体はやっぱりかわいい
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飛行機を降りて、少し歩くだけで空港入口
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こんなマスコットがお出迎え
民族衣装を着ているけど、何族のかな?

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 ここではアプリの登録もなかったし、ワクチン証明も求められなかった。出口も一か所しかないから、他の人と一緒にぞろぞろ外に出る。ほとんどの人が車の出迎えがあるようだ。町の中心まで、歩いてでも行けそうな距離だったが、ソンテウのようなものが見えたから、空港職員らしい人に聞いてみた。

「町まで行きたいんですけど。」
「じゃあ、ちょっとここで待って。」

 待つこと数分、バイクがやってきた。そうかタクシーとかないんだ。私が予約した宿は、外国人がよく泊まるところで、街の中心に近い。10分もかからず到着し50バーツ。

Boondee House  ファン、シャワー、トイレ付 
一泊414バーツ(Booking.com)

受付 この奥に建物と駐車場がある
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部屋は質素だが、このベッドの手前に机と椅子もあり、使い勝手がよかった 
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 オーナーのおじさんはとても親切で、手書きの地図もくれた。私が最初にタイ語で話したので、ずっとタイ語だったけど。でも一度だけ外国人とおじさんが英語で話しているのも聞いたが、充分通じる英語だった。

 物を置いて街の中心のチョーン・カム湖まで歩いてみた。ゆっくり歩いても10分もかからない。湖のそばに、Google Mapで検索したレンタルバイク屋もあるはずだ。すぐに見つけることができて、翌日から3日間レンタルしたいと予約した。

 湖はきれいとは言い難いが、向こうにはお寺が見えて景色は美しい。ベンチに座って、家族や友人にラインをする。そして向こう側へ向かった。

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 湖のほとりにワット・チョーンカム(左)とワット・チョーンクラーン(右)が並んでいる。でも敷地もつながっていて、どこまでがどちらのお寺かもわかりにくい。撮った写真もどちらのお寺かはっきり覚えていない。

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これはたぶんワット・チョーンカムの仏像

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これはワット・チョーンクラーンの外にあった仏像

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ここからは記憶があやふや
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 そろそろ夕暮れ時で、夕日に仏塔が映える
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 市場に行ってみたが、完全に終わっていた。生鮮市場のようなので、午前中だけかもしれない。でも通りには、いくつかの屋台と、こんな風に野菜や果物を売る人がいた。

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 この日はもう屋台で買ってきたものをホテルで食べた。明日は途中で観光しながら行くので、バイクで50㎞ほど移動することになる。そのためにさっさとシャワーを浴びて寝たのだが、真夜中に寒さで目が覚めた。さすがに北タイ、バンコクとは大違いだ。あわててもう一枚のキルトをかぶって寝たが、深夜から早朝への冷え込みは想像を超えた。日中は暑いのに、これほど温度差があるとは思わなかった。
 



メーホンソンへの旅①

 メーホンソンへ行ったのは2月上旬だったので、もう2ヶ月近く前のことになる。本来ならチェンカーンの前に書くべきなのだが、この旅行の方が中身が濃くて、ちょっと後回しにしてしまったのだ。

 メーホンソンは今まで行こうと思ったことがなかったので、どんなところかも知らなかった。でもチェンマイとの間にあるパーイは、旅行者に人気の町ということで、コロナがなければニュージーランドにいる次女と行く予定だった。だからパーイに行こうと思ったのだが、せっかくなので他のメーホンソンの場所も訪れてみることにした。
 
 メーホンソンまでは、ノックエアーが週3便飛んでいるようだ。だから行きはメーホンソンに入り、バスでパーイ、チェンマイへと移動し、最後はまだクレジットの残っているエアアジアでバンコクに戻ることにした。

 メーホンソンの町自体は小さく、観光するところも多くない。でも自然豊かな地方なので、近くに国立公園もあるし見所は多そうだ。ネットで調べたりYoutubeを見て、ぜひ行きたいと思うところを見つけた。

 ひとつは、メーホンソンから北へ45㎞ほどのところにあるバーンラックタイという村。ミャンマーとの国境にあり、中国人が作った村らしい。最近人気が出てきた場所で、お正月は宿が取れないほどタイ人観光客であふれかえっていたそうだ。

 もうひとつは、今度は南に70km弱のところにあるクンユアムという町。今まで聞いたこともない町だが、ここにはタイ日友好記念館があるという。でもなぜこんなところにあるのだろう。

 でもこの距離をどう移動すべきか。11月の旅で、コロナ禍でローカルのソンテウやバスがないことは経験済み。となると自力でバイクか・・・。ただ私はこれほどの長距離をバイクで走ったことがない。しかも北のバーンラックタイへ向かう道は山越えなので、曲がりくねった坂道が続くらしい。

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 かなりの距離だが、勇気を出してバイク移動することにした。もちろんメーホンソン〜パーイ〜チェンマイは本数も多いので公共のバスを使う。出発前にメーホンソンのバイクレンタルのお店を検索して目星もつけた。

 久しぶりに前日緊張してあまり眠れなかったのは、バイクの移動がかなり不安だったからだと思う。でも結論から言うと、バイクだったからこの旅行は本当に楽しかった。山道のバイクツーリングは最高だった。たぶん車で行くよりはるかに楽しかったと思う。

 この旅行記もちょっと時間がかかりそうだが、帰国準備と並行して書いていこうと思う。でも実は今のコンドにいるのも3週間を切ったので、今のペースでブログを書けるかちょっと自信がない・・・。



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